明日から、朝ドラ『花子とアン』が始まる。
毎朝、パソコンで大ちゃんファンのブログを読みながらテレビを見るので、
『あまちゃん』にも『ごちそうさん』にも上の空だった。
その前の『カーネーション』は毎日楽しみにして、はまったのだが。
『赤毛のアン』は、
私が50代半ばで、1人暮らしを始めた時、
毎晩、読んだ小説。
最初は村岡花子さんの訳ではなく、松本侑子さんの翻訳で読んだ。
アンが愛した緑がいっぱいの美しい表紙に惹かれて。
その頃、私は「人間として、値打ちがないので、魅力がないので、棄てられたんだ」
そう思いこんでいた。
今は、共依存の関係が30年余りで我慢の限界を超えて、崩壊したのだと冷静に思える。
当時は心身ともに不調で、
これからの1人暮らしのために、健康を取り戻すことが目標の毎日だった。
夜は、眠るまでの時間、『赤毛のアン』の世界にひたった。
眠くなると、友達にもらった美しいしおりを挟んで寝る。
翌日、またその続き。
自分が、将来に夢を抱いて、希望にあふれていた、少女の頃。
その頃に読んだり見たりしたものを振り返ることで、
かつて持っていた元気を取り戻そうとしていたのだと思う。
生きていればそれで十分、時間が過ぎれば、元気になれる、そう信じていた。
時に、人間関係が怖くなり、崩壊していきそうな自分を持て余して、
心なんてなければいいのに、
と思ったけれど、
家を出て、最初に住んだ学生時代みたいな小さなアパートの周りには、
近くに友達が4人住んでいて、
みんながいろんなことに誘ってくれたりして、助けてくれた。
そんな日々の、毎晩の楽しみが、『赤毛のアン』だったのである。
思い出の文庫本は今も私の本棚に並んでいる。
あの時期を乗り越えられたことは、私の大きな自信になった。
その後、一度退職した職場から仕事の誘いの声をかけてもらい、
ようやく落ち着いてきた頃に、大ちゃんのスケートに出会った。
それ以後は、自分のことより大ちゃんのことで、頭がいっぱいの日々。
大ちゃんのスケートに、もう痺れて、感動して、
そしてはらはらドキドキ、心配もいっぱいして、
気がつくと、過去の人間関係の恐怖心や緊張感が薄らいで、強くなってる自分を発見した。
えっ?私、前よりすごく元気になってる!
と何度もそう思った。
大ちゃんのジェットコースターは自分のことを忘れさせる威力があるのだ。
今の元気で幸せな毎日は、
友達や子どもが支えてくれたから。
そして、『赤毛のアン』に癒され、
そして、大ちゃんのスケートに出会えた。
そう考えると、これからも、楽しみがいっぱいなんだ。
大ちゃーん、また滑る姿を見せてね!
楽しみにずっと待っているからね!