山田詠美の小説『海の方の子』に、主人公の女の子が同級生の男の子に
「いい人のふりをするのは、一番悪いことなんだよ」
って言われるシーンがあります。 オレンジ色の夕陽につつまれた温かいシーンでした。
女の子は、その言葉で
「もういい人をしなくてもいいんだ」と自分を解放していくシーンです。
いい人のふりをやめる。
私のここ数年のテーマでもありました。
嫌なことを嫌だと言えない。
自分が相手を傷つけることの責任に耐えられない。
そうやって、無理を重ねると、心の底に憎しみが蓄積する。
優しい嫁のふり。
なんでも受け容れる包容力のあるふり。
困っっている人は、どんなことをしても助ける優しいふり。
イエスウーマンで、無理を重ねて、とうとう、あちこちに支障がでてしまいました。
いい人のふりはやめる!嫌なことは断る!
何度も誓うのですが、これが難しい。
大変なエネルギーを要し、へとへとになるのです。
おせっかいなのも手伝って、ついついいろんな事を引き受ける。
えぇーっ?と思うようなことも断れない。
そんなにいい人に思われたいのか?と、自己嫌悪で悩みました。
ありのままな私でいいんだ、と自分に言い聞かせてきました。
そのうちに、自分がいい人のふりをしているのか、ふりではなくて本当の自分なのか、区別もつかなくなりました。
いったい、「ありのままの私」ってどんなんなんだろう? と分からなくなって。
こんなことで、うじうじと悩んでるなんて、考えられない、って人がとても羨ましくて、
理不尽な要求は、冷静にさらっと断る人を、見習おうとしました。
真似をしようとしました。
しかし、大ちゃんのファンになってから、いつのまにかそんなこと考えなくなっていました。
考えることは、
なんて素敵な演技なんだろう
ということと、
どうか、ジャンプがうまくいきますように・・・ということ。
私の心の重心は大ちゃんの応援の方に移り、ハラハラ、ドキドキでいっぱい。
ああ、神様、どうか大ちゃんを・・・と手を合わせてテレビで観戦してきました。
昨年からは、試合が近づくと、神様に願いをきいてほしいがために、下心満々の「いい人のふり」
もうこうなったら、来年のソチまで、いい人路線で行きます。
いえ、ソチが終わっても、いい人でいきますから、
神様、大ちゃんをよろしくお願いします!
って、私、そんなに影響力ある?
私が「いい人のふり」なんかしても、しなくても、世の中に何の影響もないんですよね。
そうだった、そう考えると、深刻に考えなくてもいいんだ、と気持ちも軽くなります。