海を飛ぶ夢 絶賛
この映画の主人公は首から下が動かない、四肢不全の男の話である。
彼は『死が目的で必死に生きている』・・・。
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何のために生まれてきたのかという質問に
死ぬために生まれてきたと答えるウスラ馬鹿にたいして
私から言わせれば本当に人間の生まれてきた目的が死だったのなら、
母親の母胎で死ぬべきだったのだと思ってしまう。
しかし、人間というものは生まれてくる。
私は『生まれてきたこと』に責任、使命、義務、目的やらを求めない。
母親の胎内にいるときから言葉や理性を持った変態はいないからだ。
ただ、『生きる目的』というものは必要だと思う。
それは、成長とともに難しくなるが・・・生きたくないのに生きねばならない
そんな日があるだけだ。
そこに嫌気がさして、ひねくれて、安易な死を想像し
死ぬために生まれてきたという人間が嫌いなだけ。
尊厳死を望む人から見れば、そんな連中は自分の死を馬鹿にされているみたいと感じるのではないだろうか?
尊厳死とは末期の癌・精神病・アルツハイマー病・障害者などに認められた自発的な死である
この映画の主人公もその尊厳死を望んでいる
簡単に言えば、国が認める自殺であり、その死には殺人補助罪もない
死に差し迫った人間が生きる目的を探す行動を 『みなさん、さようなら。』 という映画でも見たことがある
また、名前は忘れてしまったがリチャードレイファス主演の、芸術家が四肢不全になり、表現が生きることであったので死を望み、自分の死を勝ち取るために病院と戦い、生きる映画があった。
どれも、名作だ。
海を飛ぶ夢のなかで、四肢不全の男が想像の世界で、空を飛ぶシーンがある。
圧巻だ。こんなにすばらしい映画は見たことがない。
本当に空を飛んでいるような気分になれる。映画館でしか味わえない感動だと思う
内容は、あまり言わない。すばらしい映画だからだ。
ただ、何のために生まれてきたのかという質問に対して
死ぬために生きるのだというイカレた答えを出す輩に
私は挑戦状をたたきつけるために言葉を付け加える
何のために生まれてきたのかという質問に対して思う
その質問をするなら、赤ん坊にでもすればいい。その質問は赤ん坊に対してのみ有効な質問だ
生まれてきたことから生きることに人生の目的がチェンジしたのなら<
質問も変えなければならない。過去のことに現在必要な答えをもとめることは不可能だ
生きるために生きるのだといえば簡単だが
生まれてきたことに対して死を求める連中にはなっとくできないだろう
だから、こんな答えはどうかな?
『ただでさえ、生まれてきたことに後悔しているのだから、せめて死ぐらいは満足できるように、
そのために生きている』