日本人はユーモアの精神に欠けている

ユーモアはどこから…


ユーモアも練習しないと 

と思いますが、いかがなものでしょうか?
もちろんユーモアのある方もいらっしゃいます
その一方で、ユーモアを解さない人もいます
ユーモアのある方、ない方の割合は
1対9位の割合でしょうか?
嫁いだ姉妹や亡くなった兄弟は別にして
残った五人兄弟で冗談を言ったり
ユーモラスなセンスを持ち合わせたのは
二人だけでした
ある兄は、兄弟が集まると冗談を言って
「アハハハ…」と自らも笑っていました
家族で誰がユーモラスだったのか?
というとオヤジだったと思います
完全に全く聞こえなかった聴覚障害者ながら
ユーモアの精神を忘れなかったオヤジは
偉いと思います
泣き言も言わない、悲観論に走らない…
精神的に頑丈だったのでしょう
ただ、一年に一二度「耳が聞こえない大変さ
を分かっとるんかあ」と子どもに向けて
一喝していました
そういう怖さはありましたが
ユーモアも発信していたのでしょう
ユーモアは生来のものか?
はたまた後天的なものか?
両方だとも思いますが、後天的なものが
大きいように思います
日本の家庭ではユーモラスなセンスとか
ユーモラスな表現とか、あまり意識して
表現しません
持って生まれたタレントもあるでしょうが
トレーニングして磨きをかけないと
面白いものになりません
それと人を笑わせようとする動機がないと
ユーモアも冗談も出てきません
僕は長年大きい授業(学部)も小さい授業(大学院)
もしてきましたが、学生を笑わせるのが
面白くて時に冗談も考えました
授業を面白くするには演出も必要です
授業を開始する時教壇に立って
学生に「今日はどんな授業が展開されるのか」
というワクワク感を演出するのです
学生が多い大教室ほど難しいです
もう少し若い頃に、千人もの学生が
履修登録してきました
人数が多くなるとこちらのエネルギーも
違ってきます
演出もままなりません
学期末のテストで千人の答案用紙に
目を通すのが大変でした
100枚を一文冊にしたものを10分冊
送ってくるのです
重労働でしたよ
思い出すだけで疲れます
スマホに充電しているのです
郵便局で郵便物を出す際にスマホに入っている
住所録を見ようとすると「0%」という表示
やむなく携帯ショップに
以前はタダで充電できたのに有料に変わって
いました
この充電器は持ち出し可能で、別のショップに
返却しても良いと言います
急ぎの郵便物のためショップで
お世話になりました
