「意識」は意識しないと記憶にすらなりません

アインシュタインの相対性理論 

近況報告です 

例えば、意識的に1分過ぎるのを待っていると
とても長く感じます
ところが野球観戦していて「良い攻撃場面」
などを見ていますと1分などは瞬く間に
過ぎてしまいます
計測すれば同じ長さの1分です
その違いはどこから出てくるのでしょうか
それは「意識」です
「意識」すると長く感じられ、しないと短い
ということです
アインシュタインの相対性理論は
簡単に言いますと光子ロケットに乗って
宇宙旅行をしたとします
宇宙旅行をして光子ロケットの中では
30年経っていたとします
つまり、光子ロケットに乗って30年の旅行を
したのですが、地球上の時間経過は
光子ロケットと違って何百年も経っている
というのが、アインシュタインの相対性理論
です
もっと違った説明をしますと
冷たいフライパンの上に鎮座をしているのと
何百度もあるフライパンに鎮座している
のでは、時間的な経過がまるで違います
客観的な時間経過は同じでも
「意識」的な時間経過はまるで違います
フライパンの話は非現実的な話ですから
もっと現実的にある話をしましょう
恋人同士が膝枕をして耽美なひと時を
過ごしていたとします
二人の世界はあっという間に過ぎます
一方、小煩い親父の文句を聞いていますと
内心「早く終われよ」と思っても
くどい説教は、なかなか終わらず
時間経過の長いこと長いこと
話が横道に逸れました
今日も一日しんどい日が続いています
昨日は阪急岡本まで歩きました(約2㌔)
3000歩ほど歩いたところで、腹部の痛みが
出て、道沿いにある石の上に座って様子を
見ました
5分、10分か?ちょっと楽になり
歩き出しました
すると、また痛み出しました
今度は痛みがなくまるまで休みました
日曜日ということもあり、人通りはまずまず
若い人が多かったですが
みんな無関心でした
内心は、声をかけられると嫌なんで
「声をかけないで」と思っていました
声をかけられても「いや大丈夫です」
と言ったはずです
須磨の海岸を歩きました
赤い灯台があり、前方には明石大橋が見えます




