「違い」を認め

あるバイオリニストの…


一緒である訳がない 

「違い」が受け容れられるようになると
人間関係が随分と楽になります
日本文化ほど「違い」を認めない
文化も珍しいと思います
みんな一様であることを当然とし
そこからはみ出ると「出る杭は打たれる」
みんな一様に学校に行き
同じ教科書の下で同じように
勉強することがごく当たり前と
されています
そこからはみ出ると「おかしい」「変だ」
とレッテルを貼られかねません
日本文化は「誰しもが一様である」
ことが普通で尋常であるとされて
きました
「普通」ということは「ノーマル」なこと
「普通でない」ことは「アブノーマル」
なことということになります
あるバイオリニストの違和感は…
あるバイオリニストとは前橋汀子氏
日本経済新聞の「私の履歴書」で
自ら明らかにしています
人と交流することが大の苦手で
学校の休み時間にみんな校庭で
遊びに高じているのに反して
教室で一人残っていたと言うのです
そもそも運動が苦手で
跳び箱も鉄棒も全くだめだったと…
遠足も嫌、運動会はもっと嫌と言う
神経質でとても手のかかる子どもだった
少しでも布団やシーツが曲がっている
だけで、泣き叫びなかなか寝ようと
しなかったと述懐しています
本人が他の子との「違い」を
認めています
その「違い」への認識が
彼女を偉大なバイオリニストに
したのだと思います
もともと、人間なんて一緒である訳が
ないのに十ぱ一絡げにしようとする
日本の文化がおかしいと思います
議論していて「違い」に気を使います
違っていて当たり前なのに
意見が違うと、
真っ向から「違う」と言えません
「あなたの言うことはわかりますが…」
ともかく「違い」よりも「共通点」を
見いだそうとします
もっと「違い」を鮮明にして
議論をしないと「議論が議論にならない」
と思いますし
イノベーションの基礎にもならないと
考えます
日本文化の良さは認めますが
第4次産業革命を控えて
AI ・ロボットが展開されるには
「違い」がキーワードになると
思います