新学期が始まりました
自由な夏休みを過ごした生徒たちには
新学期の学校生活は窮屈なことも
あります
校則って、なんのためにあるのか?
考えさせられます
説得力のない「ブラック校則」は
反教育的だと思います
そもそも不必要な校則があること自体
変な話だと思います
校則はなんのためにあるのか?
驚くような「ブラック校則」について
考えてみたいと思います
登下校時、片道40分でも徒歩以外ダメ
水分補給も禁止
文房具店と図書館以外立ち寄り禁止
カップルで帰ってはいけない
夏服にリボンは禁止
カーディガンを禁止する
下着は白
スカートから膝が見えたらダメ
遅刻者の給食は残飯
暑くても顔や体を仰いではダメ
こうしたことは例に過ぎませんが
禁止する根拠がわからないものも
多いです
中には、健康を損なう恐れがあるもの
もあります
校則が問題化したのは
2017年9月、大阪の府立高校の
女子生徒が生まれつき茶色い髪を
黒く染めるように指導され
不登校になったとして府を訴えた
のがきっかけでした
さらにさかのぼると
1980年前後に校内暴力が社会問題化し
校則が厳罰化され出しました
一方で、校則で丸刈りを強制するのは
憲法違反だと訴えた「丸刈り訴訟」
などが起き、80年代後半には
文部省も中高に行きすぎた校則の
見直しを求めました
しかし、それから約30年経ちますが
依然、ブラック校則が跡を絶たない
のはなぜでしょうか?
日本の学校文化は「頑張り文化」
「頑張り文化」は日本文化に
根ざしています
日本文化は「上から下に」という
「タテ社会」の特色から抜け出せない
傾向があります
ということは教師と生徒
教師と保護者が同じ次元で
課題や問題を論議することはない
と言っても過言ではありません
そもそも、学校教育の場に
並列的にものを考えようという姿勢が
欠如していると思われます
学校現場で「教育とは何か?」
について真剣に議論する必要がある
と考えます
I T社会を迎え、主体的に議論しないと
とんでもない社会が出現すると
危惧します