とあるブログに、特定の書籍を読んでそれについて感じた事や考えた事を書いてみよう。
と言うものがあったので一つやってみました。
選んだ本は
西 加奈子著『円卓』
至高のか行
小さな賢人
韻を踏むような独特のリズム
類稀なる個性
孤独と静寂の違い
将
机の中の、小さく折り畳まれた紙
力強いゴシック体
薄く儚い草書体
幸せ過ぎるが故の退屈
試練と成長
月明かりの下の会話
白くて柔らかい生き物
ジャポニカ遠投事件
イマジン
読み手の多くはノルスタジーに想いを馳せるのではないかと思う。
子供の視点は不思議に満ちており、それが未知と云う魅力になって映る。
故にその世界は輝く
きらきらと
その因は知らない事の多さ故に新鮮な経験が多い事と
やはり
学生生活と云う
3年なり6年なりと云う
物事の節目や終わりを常に意識している事
1年毎に去る人と訪れる人が入れ替わり、自分もその中の一人であると言う事
望むと望まざるに関わらず
始まりと終わり
と云う、大きな変化を身近に感じている事
変化に対する不安や期待がある事
学校に通うならば当たり前過ぎる
こう言った要素も何気に重要だったのではないか
そんな事も思う。
無論、自活する大人のように生活の事を考えなくて良いというのもあるだろう。
これらの思考連鎖は心に引っ掛かるある記憶に起因する。
昔は良かった。
と、言う言葉だ。
俺はこれに反発を覚える。
いつだって今が一番と言えるような工夫が大事ではないかと思う。
それと前述の思索とどう関係するのか。
これは
ただ一つの物語を読んだだけでも
そこには学びとなり得る何かしらの事柄があると言う事を、具体例を示しながら言いたかった。
自分で探して考えて工夫してみる。
分析して研究してみる。
そこに内面性の豊かさに繋る何かがあると考える。
昔は良かった。
と、云う
まるで今が駄目であると考えているだけのような怠慢を
昔も良かったが、今も良い。
と、想えるだけの工夫へと繋げる学び。
その気にさえなれば、何からでも学べる事はきっとあるのだ。
個人的には、そういうのを好ましく思う。
そのクリアな意識
安らぎに満ちた静けさ
純粋な充実
それが、いち、に、さん、人生の喜びなんです。
空気に委ねるように。