道場稽古後の内省 | 清静放下

清静放下

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正しい姿勢

六方の構え

今日の道場稽古でどの位出来たかと内省してみると

2、3割と言った所

しかし、その2、3割

確かに、違っていた

どこがどうとは言えないが

言ってしまえば安定感

この質が全く違って来る

ならばこの稽古は間違いなく効果があると言う事だ

中心軸とか中心線とか呼ばれるものは

深層筋の働きや骨格の微妙な動きまで含む

身体全体の重さのバランスであると解釈している

人間だから出来るのだ

生き物だから出来るのだ

そう思う

ロボットではこうはいかないのではないか

何故なら

ロボットには生き物のように精妙な内部変化が無いからである

心が中心軸を意識すれば

無意識的にでも微細な変化が表れる

背筋を正して座る事が出来るのは

まず心が垂直線を意識するからである


中心線とは


本当は


心の働きをも指す言葉ではないだろうか


そんな事を考える




そう言えば、今日の人で

筋肉の硬い人がいた

外見の動きや形はそうは見えない

滞りなく動いているのだが

実際に技を掛け合うとそれがわかる

やりにくいと言えば、やりにくい



力みとはまた違う

もっと

拒絶反応のような強張り



簡単には投げられないぞ

と、言う挑戦的で積極的な緊張ではなく


ただ相手のいい様にされるのを、本能的に拒絶しているような

そんな硬さ



外見的にそうは見えなかったが

案外気性の強い人なのかも知れない


その人は女性であった


硬くて強いが、ある限度を超えるとポッキリ折れてしまう

そんな危うい硬さを感じた

受けが下手なんだ

なんて言うのは容易いが

言った所で自分の技術が向上する訳じゃない

受けが下手で技が上手くかからないなんて言うのは

素人にすら掛からないと言ってるようなものだ

受けようと受けまいと同じ事

そのような技を目指さなくてはならない


そして

その人は決して受けが下手ではなかった

ちゃんと合わせて動こうとしてくれている

ただ

その動きの中に硬質な脆さがあるように感じられただけだ




それを柔らかく崩す方法は無いかと模索する

見当も付かないけど

わからないなりに

心を込めてやってみる

いつでもそう

上手くいかなかった時に諦めず考え続ける事の中に

進歩の可能性はある






またある人は

筋肉に厚みがあり、しなやかな柔らかさがあった

持たれた時の感触で力のある人だとわかる

子供とじゃれている時に下段回し蹴りの真似をしていたが

結構サマになっている

以前別の格闘技をやっていたのではないか

そんな風に思う


2人共俺と同じ

白帯であった

このまま行けば

7月の審査を受けられると言われたが

どちらでも良い

実を言うと、級とか段には興味がない

俺の興味は

外見や肩書きには無い

中身と実力

本当の技術


パズルの完成


俺の興味は

それだけに集中している

だから

養神館でも

心身統一でも

大東流でも

氣空術でも

古武術でも

古伝空手でも

道文研究でも

技の理解に役立つと思えば本を購入するなり何なりして

情報を集める

基礎鍛錬や基本稽古、道場稽古で試してみるし

自分に合うと思えば残す


錬体法は

実験の上

己の個性に適すると感じられた

先人の智慧に従う

そうやって、俺の中で様々な武は和合する





道場稽古では


技を掛け合う中で様々な事を感じるのも楽しい

いや、結局のところ

それが楽しくて道場に通っているような所がある

気を使ってくれる人

真剣にやる人

形の再現に心を注ぐ人

努めて力を抜こうとする人

崩しまで意識する人

意識の集中を一所懸命やる人

良いものは良いと、見抜く人


それらの個性は

やはり実際に受けてみて初めてわかる

受ける中でそういう感触を眺めている自分がいる





兎にも角にも


正しい姿勢

構え

基本動作

これをみっちりやろう

他の事は捨ててしまって

それだけに1、2年位掛けても良い

いわゆる

中心力

と、言うものが感じ取れるまで

無論

基本は一生掛けて極め続けるものだけど






俺が見つけた最新原理として

腕を真上に伸ばしたまま脚と脇

つまり上げた腕側の側面を壁へ密着させると

重心が崩れて反対側の脚は上がらなくなる

と、言うものがある

それを応用した四方投げや入身投げを考え

道場稽古で試したりもしていたが



それは一旦手放してしまおう



手放す為に、ここに書いた



こんなやり方は誰もやっていなかったけど

原理通りの入身投げが出来れば、相手は外側の脚を上げられない

無理に上げれば自重で倒れてしまうからだ

つまり

己は壁の役目を果たすだけで良い

そういうのを

教えたくない気持ちがあった



もっと良いやり方が見つかるまでは



しかし


中心線を意識した、正しい姿勢や六方の構えを常に崩さぬ練習の方が



遥かに大事であると



技を掛け合う中、感覚的に理解する



自然な流れの中で出たならそれはそれで構わない



物理的な崩し方と言うものは勿論有効で大切な事だが

それのみを求めるのであれば

柔道とかレスリングの方が効率が良い


合気道はもっと

心と身体の関係性におけるものを技と呼ぶようだ

人間構造の捉え方も

固体

液体

気体

と、言ったような捉え方であるらしく

その原理に基づき

八力

と、呼ばれる

対象力

と呼ばれるものを用いて掛けるらしい


通常のスポーツ格闘技とは根本的に発想の観点が違うようだ


それで、色々考える

対象力とは何なのか


作用反作用のようなものだろうか

よく言われるように

生理反射のようなものだろうか


まぁ


わかる訳がない


けど

わからないなりに考えてみるのだ


ヒントのヒントのヒント位は見つかるかも知れない



週2、3日

たった2時間の道場稽古


来る度に上手くなるね


と、言われるが


こんなものではまだまだ


と、云う気持ちが俺の中には

ある


たったこれだけの稽古で

本当に上手くなっているのだろうか


しかし、このペースでやるしかないのが現実だ


焦らず行こう



さぁ


帰ったらいつもの基本稽古と基礎鍛錬


焦った所で上手くなる訳でもない

一生続く道程だ

適切なペースで行こう