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遠くを見てても気づかなかった

思うことを書きます。

昨日をもってコンビニマンションテクニカラーを脱退しました。
初ライブが2014年2月22日、参加した最後のライブが2015年2月23日。
ジャスト丸一年でした。
毎年1年経つごとに今年は早かったなぁと思っていたけど、本当にこの1年は早かった。スケジュール帳を見返すと本当に恐ろしい日程である。深夜1時に埼玉から打ち上げを抜け出し、朝8時から仕事みたいな生活。運転していたのは土屋さんだったけど笑
こんな経験は今までしていなかったし、かけがえのない思い出になるのは必須。
欲を言えば昨日、最後のステージに立ってけじめをつけたかった。
みなさんにお礼を直接言いたかった。この場を借りてお礼を言います。
ありがとうございました。
藤原 大祐という1人の人間がコンビニマンションテクニカラーというバンドに1年間在籍しリードギターを弾いていたことで、ステージで僕を見たことであなたの何かに少しでも変化があればもう言うことナシです。
それだけで居た意味があったと思ってます。

コビマンとの出会いは2011年。
シーラカンスとツキノウラのCDが出た頃、同じサークルで一番尊敬していた先輩に教えてもらったのが始まりでした。
1曲目の「光になる」で衝撃を受け、一瞬でハマりました。
それからというもの、関西にコビマンが来るときはほぼ必ず見に行くようになっていました。
岡山まで見に行ったことも何度もありました。
東京の企画も行ったっけ、、、
大学のサークルの卒業ライブでコピーもしました。
自分のバンドで対バンまでさせてもらって
気づけば関西でライブがある日は僕の家が宿みたいになっていたっけ。
そんで気づけばバンドに誘われていました。
仕事辞めて岡山に飛び出しました。
ほんとに早かったなー

ここ3週間でいろんな人に会いました。
いろんな人としゃべりました。
なんとなく、気付き始めたことがあります。
何かしら、自分の中で大切な物があれば人は人であることができるんだなということ。
それは何でもいい。好きなバンド。好きな人。仕事。家族。趣味。友達。
何か一つでもあれば、生きる意志になるということ。
少し前までは本当に何もありませんでした。怖いくらい。
周りの人たちが立派にしか見えない。
今は自分は偉人になろうとは思わないし、エリートになろうとも思わないけど、でも自分の大切なものをなにがなんでも守れるように生きていきたいなぁと思えるようになりました。
それは友達だったり大切な人だったり。
逆に、自分の欲のままに流されてる人は本当に醜いし、許せないと思いました。

この前、後輩たちとご飯にいきました。
同じ大学の後輩なんだけど、みんな卒業してフリーターでバンドをやってる。
関西で頑張っていて、カミングコーベとかにも出てるんです。
プラズマJap Jetというバンドと
rattaというバンド
そして一緒にコビマンをコピーしてベースを弾いてくれた岩城弘明というやつはJellyfish flower'sというバンドでベースを弾いています。
あとはqualiaというバンドのふなむし。
彼のバンドは今ギターがいないみたいですが、ボーカル、リーダーとして頑張っています。
みんな心配してくれてて、でもそんなのは一瞬で、笑いに変わって寿司屋で2時間も爆笑していました。
音楽やってるときと、普段のギャップが本当にすごく好きで僕はみんなをとても尊敬しています。
みんな本当にかっこいいから是非見て下さい!
こうやって文章にすると、軽く見えるな、、、
何だろう。僕は彼らを応援することが楽しみです。
もちろん自分もギターを辞めるつもりはないし、機会があればまたステージに立てればいいなとも思っていますが、ぶっちゃけ今はそんな覚悟ないです。
命削ってコビマンやってたんで、今ステージ立てって言われてもそんな覚悟ぶっちゃけ今はないので、見に来てくれる人に申し訳ない。
なのでしばらくは都内のブルースバーにでも通ってお酒飲んで気楽に楽しめる音楽をやろうかなと思っております。
スタジオとか都内くらいなら入れるのでもしよかったら誘って下さい。
あとまぁこんな僕を必要としてくれるバンドがあるなら、誘ってみて下さい。
チカラになれるかはわかりませんが、、、

これからは一般人、藤原大祐として生きていきます。
好きなことを好きなように好きなだけ

自分の信念を曲げずに、絶対幸せになってやる。