談志師匠が亡くなった。
ちょいとショックだ。
お会いしたことはないが、大好きな落語家の一人だった。
これでまた一人、唯一無二の才能が一つ消えた。
昔、我が家は不思議な家で、色んな放送作家の方や噺家さん
漫画家修行中の人、その他諸々、
公団の2DKだというのに、実に色んな人たちがやってくる家だった。
特に噺家さんたちは、多くの方がいらしていた。
柳家一門なら小三治さんや小きんさん、小三太さん、小勇さん、さん弥さん。
林家一門なら木久蔵さんや円蔵さん、
三遊亭なら好生さんとか円窓さんとかね。
皆二つ目の頃から来ていたから、よく僕らと遊んでくれた。
その内、笑点が始まり、皆真打ちに昇進して
真打ち昇進の時にはみな挨拶に来たけれど、
その後、親父が体を壊して、みなが泊まり込むようなことは
自然となくなって行った。
ちなみに僕が小さい頃、着ていた浴衣の柄は狸の柄であった。
これは柳家一門の浴衣柄で、幼稚園の盆踊りの写真なんか見ると
間違いなく、これを着ている。
また、小さん師匠からは、体に合わせた竹刀もいただいた。
僕は当時、幼稚園か小学生になったばかりで
今考えると脇差しくらいの長さであったと思う。
それを持って、小さん師匠の道場に行ったけれど、
長続きはせず、それっきりになってしまった。
噺家さんたちの話は破天荒で、可笑しくて哀しくて
小さい僕の興味をそそらずにはいられなかった。
「芸人」という言葉がとても軽くなって来てしまった昨今、
談志師匠ってのは、ホンモノっていうのは、こういう事なんだぜ!
って表現してくれている、数少ない芸人の一人であった。
そうそう、数年前、いやもっと前かな?
月刊宝島で談志師匠が連載を始めた時、
タイトル周りの似顔絵イラストを描かせてもらった。
談志師匠がえんま大王の恰好している絵である。
変な話だが、写真も見ずにあっという間に描けてしまった。
それだけ僕の中に強く談志師匠が息づいていたからだと思う。
時代が一つ、また終わってしまった。
あんな人は、今の時代からはもう出て来れないと思う。
残念である。 合掌