昔の話 | 太亮の独言毒言

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絵本作家、イラストレーター、デザイナー、アート・ワークショップなどで
活動している木村太亮の公式ブログ。
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そういう訳でカンプを描いているのであるが、
昔、僕がバイトをしていたり、会社に勤めていた頃、
かなり不思議なカンプの仕事をたくさんしたものであった。

そのうちのいくつかをお話ししよう。

まず、思い出すのは一番手強かった仕事であった。
何かというと「焼肉屋」さんのメニューのラフカンプ。

鉛筆で描くんだよ。お肉全部。しかも美味しそうに見えなきゃいけない。

そう、カンプとデッサンの違いはね、美味しいものなら美味しそうに
重たいものなら重たそうに、色っぽいものなら色っぽく。
そういう事が大事なの。カタチを写すだけでは商売にならない。

とにかく描きましたよ。でもさタンとカルビとロースの違いなら描けても
上タンと普通のタンは難しい。韓国海苔なんかも絵に描くと
美味しそうに描くのはとっても難しい。
しかも時間がなかったので、3日位徹夜しました。
実際には食べてないのに、1ケ月くらいは焼肉恐怖症になりました。

次に思い出すのは、「雪の中を疾走する白い車」
もうねえ、描き様がないのよ。
それでも苦心惨憺して、シャドウだけで、描きましたよ。ええ。シンドカッタ。

それからねえ、筆を使ったイラストで、父の日用のイラストつうのもあった。
その時のADがまた訳の分からない人でね。
筆で描くって言うのは、一期一会な訳で、
どこかが描ければ、どこかは不都合だったりするでしょ。
前の絵の良い部分が描き直したら同じに描ける訳ないじゃん。
でもね、そのADは、「ここは良くなったけど、こっちが違う」の繰り返し。
今ならフォトショで良い所取り出来るけど、当時はすべてアナログだからね。
結局、使用するのは4点なのに、描いた点数800枚程。
しかも2日間での仕事でした。

それから、もう一つお茶の広告なのね。
で、南の海をバックにお茶の缶が砂浜にあるという設定。
いや、カンプはお茶の子サイサイで描いた。
でね、撮影にも行ったんだ。ところがさ、撮影は結局スタジオで撮る事になり、
サイパンまで行ったのに、オイラは海も見れなかったんだよね。
で、同行の社長とクライアントは、撮影中、立ち会いせずゴルフ三昧。
オイラは日焼けしないで帰途についたって話。

最初にカンプの仕事したのは、なんだったろうか?と思い出すと
リクルートの「住宅情報」の表紙だったのではないかと思うのだが、
当時、住宅情報の表紙のコピーは、
糸井さんと仲畑さんとうちのボスの3人で交代で書いてたのね。
で、ラフカンプは打合せ後、僕が一人資料を集めて来て、ミニサイズに描く。
一回のプレゼンに50カットくらい。それをリクルートのG8ビルの重役会議室で
審査して、毎回10カット前後をチョイスし、撮影する。
カメラマンは小暮徹さんだった。
小暮さんは不思議な人で、サザンの曲を当時のウォークマンで聴きながら
黙々とブツを並べ、ポラを撮り、彼が納得しないとポラも見せてくれない。
んで、納得出来た所でポラ見せてくれて、それを抑えて、
こちらの意見も取り入れた別カットも同様のペースでこなす。
それはなかなか、面白く興味のある時間経過だった。

んで、写真が出来上がってくると、それぞれのBポジを糸井氏&仲畑氏の
事務所へ運び、コピーを書いてもらう。
でも、うちのボスの場合、それほど力んでなくて、
「大ちゃん、書いてみなよ!」
などと言うのである。結局、今度はコピーをカンプのように山ほど考える。
それを見て、ボスが「これ、いいじゃん!」などと言って、
自分の原稿用紙に書き直すのである。

つまり、糸井さんや仲畑さんと並んでコピーを書いていたのは
ボスではなくて、ボクだったのである。
いや、いくらもらっていたのだか知らないが、当時、リクルートまで
制作費&ギャランティの小切手もらいに行くのは、僕の役目だったので
小切手の額は知っていた。
あのね一回のセット料金でSクラスのベンツが買える値段だったよ。

僕のバイト代は、時給¥500だったけどね。
まっ、面白い時代でした。
いやいや昔の話ですけど。