
そういうわけで、遅ればせながら、おめでとうさんです。
ブログをさぼっていたのは、どこかへ出かけていた訳ではなく、
単純に「寝正月」を決め込んでいただけです。
天皇杯、良い試合でしたねえ。
たしかにガンバの選手は満身創痍だったようだけれど、
延長まで含めて120分超。よく集中していたように思います。
むろんレイソルもよく頑張りました。
石崎イズムとでもいえば良いのでしょうか?
実に粘り強く、シツコイ良いサッカーだった。
90分で勝負を決められなかった事が、最大の敗因でしょうか?
切り札のフランサという選手、実に巧みな選手でしたが、
ガンバのルーカスなんかとくらべると
如何せん、全く守備の意識がなかった。
その辺に問題があったようにも思います。
さて、その柏、元日立ですよね。33年ぶりだそうですが、
多分、その33年前の試合は現場で見ていたんじゃないかと思います。
当時はよく観に行っていました。
日立、三菱、ヤンマー、東洋工業、新日鉄、藤和、そんなチームが常連でした。
まあ、アマチュアスポーツ全盛時代でしょうか?
今と比べても「会社」が元気だったのかもしれませんねえ。
僕がファンだった永大産業も一度だけ決勝に出ています。
相手はヤンマーでした。
釜本さんやネルソン吉村さんらが現役の頃です。
どう考えたって、ヤンマー優位の中試合が始まり、試合序盤に1点取られ、
それでも泥臭く粘って粘って、僕の好きだった多々良高校出身の中村道明選手が
体ごと転がり込むように同点とし、さあ、これからだ!と思った矢先、
釜本選手が豪快に、本当に豪快にミドルをゴ~~~~~ンン!と決めて、
1-2で負けてしまいました。
試合終了後、普段からJSLの試合を観に行っていた僕たちを
中村さんが覚えてくれていて、その試合で着用していたユニをいただきました。
(そのユニは、一緒に観に行った3人で交代で保管する事になりましたが、
M君の所で保管中から行方不明になってしまいましたが・・・)
そういや、その頃の日立の監督は、先日お亡くなりになられた平木さんでは
なかったでしょうか?惜しい人を亡くしました。ご冥福を祈ります。
その頃の日立の選手は黄金時代でした。
スッポンの山口さん(スゲエニックネームだ)早稲田の監督していた松永さん、
現ガンバ監督の西野さん、西野さんと大学でチームメイトであった碓井さん。
GKは瀬田さん。などなど、もう、キラ星ばかりのチームでした。
あの頃は、今程サッカーはエンターテーメントなものでもなかったし、
明らかにマイナースポーツではありましたが、
それでも天皇杯の決勝戦だけは、かなり多くの観客が入っていました。
(まあ、半分は明治神宮とのセットだったと思うんだけれどね)
最近では、残念ながら、あまりスタジアムでの観戦に気持ちが動きません。
なんだろうなあ?僻みのつもりはないんだけれど、
「サポーター」という立場になりきれないんだよなあ。
否定している訳ではないんだけれど、僕は僕のリズムで観戦したい。
そんな気がするんです。なので、結局毎年TVで観戦な訳です。
とまれ、今年もよろしくです。