本日、5:30起床。なんだかなあ、最近早起き。
それもこれも「夢の中」で仕事しちゃっているからなのよね。
僕は昔から、寝ながら「仕事」しちゃう。
もっと平たく言えば「仕事の夢」を見る。
(別に犯人が見えたりはしない)
でね、その夢は割と具体的であったりする。
何だかね、「幽体離脱」とか「テレパシー」とかに感覚が近い。
「夢」は小さい頃からよく見る方らしい。
風邪を引いて、高熱を発し、ウンウン魘されている時に見ていた夢は
いつも同じだった。
さてさて、突然話を変える。
最近見ている夢は、今携わっているプロジェクト関連の物である。
どうなるのか?それはちょいと分からないけれど、
もし、これが軌道に乗ったら、川島氏のブログで触れられている言葉のごとく
まさしく「エポック・メーキング」になるだろう。
1/9にスンゴイ人あるいは有能な人の資質として
「機に応じて敏である」事と「常に白紙の心を有している」事を書いた。
これにもう一つ「夢を見れる事」を追加したい。
「夢の世界」は限りがない。無限大である。
「夢」は所詮「夢」じゃないか!と言われるかも知れない。
その通りである。でもね、
「夢」見れない奴に「夢」は実現出来んのよ。
「夢」は「未来の設計図」でもあるんだから。
設計図が作れない奴に未来は作れない。
島田洋七著の「がばいばあちゃん」に次のような一節がある。
「夢はいつも見にゃイカン。
たとえそれが叶わなかったとしても
ガッカリすることはない。
なぜならそれは「夢」なんだから・・・」
文言表記に若干の違いがあるかも知れないが、主旨はそういうことだ。