色々あったプライベート問題。そろそろ話してもいいだろう。
もめにもめて・・・。結局、僕と息子は5年半在籍したサッカークラブをやめた。
(やめさせられたと言った方が正しいのかも知れない)
やめるに至った経緯に関しては、新たな問題を想起しちゃったり、
他にも色々な弊害が考えられるので、あえて触れない事にする。
まあ、正味、人間の生き方の問題かな?それとも質か?
少なくともコチラに大きな問題があったようには、いまだに思えないんだけれどね。
今回の件で、僕ともう一人の父コーチとうちの息子のために多くの人たちが
精力的に動いてくれた。それはとても嬉しい事で、どんな言葉で感謝したらいいのか、
思いつかないというのが、正直な所だ。
でもね、これ以上引き延ばすのは、僕にとってももう一人の父コーチにとっても
そして、うちの息子や他の子どもたちにとってもいいことじゃない。
我が家に待望の息子が生まれた時から、我が家ではひとつのライフプランをかかげていたんだ。
息子が小学校卒業するまでは、「一緒にサッカーをしよう!」ということ。
そして伝えたい事をキチッと伝えて行こう。ということ。
そのプランは、本当にバカバカしい理由で頓挫してしまったけれどね。
この問題が起きてから、上記の事や他にも色々な話を息子とする事が出来た。
そして、6年間のコンプリートはできなかったけれど、
親の僕が考えていた以上に息子は成長していた。
親の勝手な判断でなく僕、カミさん、息子のそれぞれの意見をキチっと交換しあって、
我が家では、それなりのコンセンサスが構築できた。正直、涙が出るほど嬉しかったよ。
息子なりのモノの見方や考え方が、小学6年生なりにキチッと成熟していて
しかも、彼の考え方は、とても思いやりのあるものだった。
それは僕が彼に伝えたかったサッカーから学べる「人生のモノサシ」そのものだった。
世の中には色々な人がいる。皆それぞれ考え方は違うだろう。
でも、その違いを認めあう所からモノゴトは始まるんだよ。
(これは僕のワークショップのテーマでもあるしね)
そう、皆それぞれが違うという事は、実はとても素晴らしい事なんだ。
皆が同じ方向を向いて、皆が同じ事を信じているなんてのは、
あまり、いいことじゃない。
近所のどこかの国見たって、やっぱりどこかおかしいだろう?
僕は、自分で言うのも変だけれど、「変わっている人」らしい?
でもね、そんな風に付和雷同しない自分のことが嫌いじゃないなあ。
「人と違う」と言われるなら、それは木村にとって「誉れ」だよ。
100人中99人の人たちが「いいんじゃない?丸く収まれば・・・」といっても
僕はそれが違っていると思えば、「違うと思う!!」と言える人でいたい。
今回の木村の行動は、多分それに近い事かも知れない。
でもね、今回は息子が言ってくれたよ。
「僕も違うと思う!」ってさ。100人のうちの一人じゃなかったんだね。
少なくとももう一人、気概を持っている奴がそこにいてくれたんだ。
それだけで、この5年半は無駄ではなかったと確信できた。
不覚にも、涙が出ちゃったよ。