運命の日
2000年12月4日
公休日の
着信、そしてホテルのラウンジで
![]()
北陵クリ二ックのオーナ退職をお願いされたその日
その日から守大助さんの人生が変わりました・・
それは2001年1月6日までは本人は知りませんが。
ある方が
これをその人の運命と言う方もおられますが・・・
そうなんだろうか![]()
北陵クリ二ック事件を考えるときに
もし、
2000年10月31日に11歳の女児が受診しなければ
あの日、入院するほどの状態でなかったので
女児が入院せずに帰宅していたならば
事件として扱われなかったのでは
もし
女児の両親が医療関係者でなければ事件とはされず
小児科医の説明で家族は納得していたのでは
(*起訴されてない男児の死が9月に同様の状態で死亡しましたが
小児科医の説明で納得されてます)
そう考えます
筋弛緩剤事件は存在しないのです
![]()
実はですね、
すでに警察と話し合いをして職員ではまずいと退職をさせるシナリオでした
運命ならばどうして彼を選んだのかと・・・
![]()
2009年のクリスマスは![]()
守大助さんは現在は結婚して楽しい家庭で暮していたでしょうね
冤罪事件にも関係なく暮してるでしょう。。
次回は守大助さんがこの日を書いてますので紹介します。
胃が・・・・
食べれません(/_;)/~~
まとまりのない内容ですが
運命は愛ならばいいんだけどネ
