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明日は晴れるといいな~![]()
大助さんからの手紙
(続編)
10月31日、11歳女児(A子さん)の急変であわてた小児科医でした。
両親が医療人でした。
小児科医はこれまでのように家族への説明できません
今までは、医療従事者の家族でなかったので小児科医の
説明で納得されたからです。
小児科医は”処置に問題があつたと” 家族から言われることを
考えたはずです。
急変時に、母親は付き添っていたのであり
小児科医は挿菅ミスをした処を見られたのではないかと
思ったはずです。
搬送先の病院へお見舞いに行ってるのは
看護職員は知っていました。
主任が特にそう言っていました。
”小児科医は、11歳女児に訴えられないようにするために
お見舞いに行ってるよ。”
”今度こそ小児科医は訴状えられちゃうネ”と
このように言われていました。
職員は皆そう思っていたのでしょう。
私は、11歳女児が訴えたのなら、小児科医のミスを話して
A子さん側につこうと彼女と話したのです。
なので
私が犯人だと疑われているなんて考えもしませんでした。
この考え方がいけなかったのです。
私に認識がおかしいのでしょうか![]()
つづく。。。
2001年1月6日、早朝の刑事と婦長の訪問では
A子さんの件を聞かれるので話そうと彼女と相談し
警察に同行しそのまま
帰らぬ人(獄中生活が始まりました)
ご家族と会うことができたのは接見禁止解除された
2005年7月29日(逮捕から4年6カ月以上)(´・ω・`)
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誰もがわが身は可愛いですが ![]()
どんな話し合いが夫婦間でされたのか
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12月2日
「医学的に原因が分からない容態急変が相次いでいて
守さんが何らかの形でかかわっていると」
16件の急変患者リストを宮城県警に提出したとされています。
宮城県警は20人のリストを作成しました
計算が合わない、 +・-。増えてますが
1件の殺人・4件の殺人未遂で逮捕、起訴されました。
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2日後の、○○教授は
12月4日休日の守大助さんを
で
呼びだし
退職をお願いしたのです。
解雇でなく自主退職ですよー。
このような医師がいる事が信じれませんでした![]()
そんな医師に出会ったことはありませんでした
(=`(∞)´=)
2003年記事から、ご家族は病院に対して
http://www.47news.jp/CN/200310/CN2003100701000540.html
