二日目、日曜日。


関鍛冶伝承館にて関武将隊KUMOAGEHAの定期演武です。
そして、この日は本当に本当の、猫永くんの最後の出演日。


 

 

 

(最近、どうも調子がよくありませんね…景色がぼやけて見える気がします。)


出てくるなり、体調不良を訴える寺尾燕。

熱中症では…
平成の世は、燕殿のいた時代より、何倍も暑いでしょうから。


「ここにいたのか、寺尾燕。」
「あぁ、弥之助さん。こんにちは。」

もうすっかり仲良しさんですねぇ(*^人^)


「やけに素直だな…もしや、体の調子が良くないのか?」(おでこペタ)


ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
ちょっと弥之助さん!!!!ナチュラルすぎますよォ~!?!!?!


「俺の調子が良いか悪いかは、この刀で教えてあげますよ!!」


そこで抜くのかw
この二人、軽率に刀抜きすぎでは(笑)


「相変わらずの太刀筋。拙者の思い違いであったようだな。」


それはどうだろう…。


「あ!あんな所に刀箱が!!」


毎度毎度唐突やな!!!雲揚羽さん自重!!(笑)
(※雲揚羽の不思議な力で跳ばされてきている。)


「この刀は…」

刀箱に入っていたのは、今回も雲揚羽ではなかった模様。


「南北朝時代の刀工、左安吉が打ちし名刀・”まづくれ丸”!!」

「まず…くれ、丸…?」


燕さんと共に、刀に詳しくない援軍も(°◇°)って顔に。
にっかり青江といい、なんでそんな妙な名前のまま残すのか(笑)。


「曽呂利新左エ門が豊臣秀吉より拝領した刀だ。」

Σ人名もか!www

「そろり、って戦国時代の名前にしては珍しいような…」
「うむ、本名ではないな。」

「そろり殿は、どのようにして名刀を手に入れたのですか?」


ここから、まづくれ丸の逸話パート。

座布団に座った瞬間、弥之助さんが秀吉様になる。
この一瞬でまとう空気が変わる感じ。いつものことながら、すごいです。


茶会の席で、とんちの得意な新左エ門に勝負をしかけ、負けてしまった秀吉様。
約束通り褒美を所望する新左エ門に、茶室に備えつけられた刀を渡し「お主が”まず”褒美を”くれ”というから、『まづくれ丸』じゃ!」と。


Σ雑かッ!!!


「秀吉様のオヤジギャグー?!」


燕さんも思わずつっこむ。
元々はどんな名前だったのでしょうかね。

っていうかそんな名前つけられて、刀的にはどうなんだろうか。(刀剣〇士の方を見ながら)



まづくれ丸を掛けて手合わせをする二人。
今回は珍しく燕さんが勝ちます。


嬉しさのあまり、はしゃぎまくる燕さん。


「ははっ、珍しいな、そなたのその様な笑顔は。」

「今日は特別です。では、弥之助殿、また明日!」



やめて…  そんなフラグ、  聞きたく ない…  (震え)



(…あれからもう一月が過ぎようとしている。)


このタイミングで、蝉が鳴き始めるの反則じゃないですかね。


「皆の衆、燕を見なかったか?もう一月も会っておらぬ…」



あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!(号泣)



(いや、わかっていたことだ。平成の世が楽しすぎて、気苦労のいらぬ友がいて、気が抜けておったのだ。)


あぁぁぁぁぁぁぁ(大号泣)


(拙者が手をこまねいていたばかりに、燕は…)


雲揚羽を手に入れていたら、燕さんが無造作にどこかへ跳ばされることはなかった…?
弥之助さん、そんなに燕さんのこと…(ノд`゜)゜。

 




 

演武後、観光客の方々にアプリをPR。

 

 

 

 


午後の演武の後、少しの写真撮影会がありました。

 


 


一緒に撮って頂いた後のいつもの握手が、いつもよりずっと強くて。
その瞬間に、一気に実感が湧いてきました。本当に、これが最後なのだと。

「この一年間、とっても幸せでした」「今が一番幸せです」と、猫永くんは仰られましたが、たくさんの幸せを頂いたのはむしろ私達の方です。どんなに感謝をしても足りません。

 

 

 

本当に、ありがとうございました。お疲れ様でした!