はたはたとシャツやスラックス、布団カバーなどたくさんの洗濯物が庭の物干し竿で気持ちよさそうにはためく。
いい天気の日に洗濯をしないのは罪だ、ましてや外に干さないなど何を考えていると、いつものように乾燥機の中に洗濯物を放り込もうとしたスザクをルルーシュは咎めた。
罪って…そこまで言う?と小さく反論をしたら、日光に当てることの重要性を滔々と語られて閉口する他なかった。
「スザク…お前もそんな所にいないでこっちに来たらどうだ」
エプロン姿のルルーシュが両手を腰に当て見下ろすのは、テラスに据えられた大きなガーデンパラソルで自分の視界を隠し、更に目深に帽子を被って身を縮めているスザクだ。
「絶対嫌だ」
たまにはお前も日光に当たらないといけないと、渋るスザクを家から無理矢理引きずり出せばこの有様で。
しかしさすがのルルーシュも泣きそうな顔で抵抗するスザクに、これ以上厳しく言うことはできない。
梃子でも動きそうにないスザクの姿に溜息を吐くと、足元の洗濯籠の中から真っ白なシーツを取り上げた。
バサリと両手で広げ物干し竿にかけようとする。その時、ふいに強い風が吹き上がり、ルルーシュの身体に広げたシーツが襲いかかった。
「ほわぁっ」
思わず上がった悲鳴に驚いたスザクが顔を上げると、その目に飛び込んできたのは染み一つない白を纏うルルーシュの姿。
青い空と真っ白なルルーシュ。
その真っ白な身体を貫く剣と溢れだす赤。
「あ、あああ、ああああああああああああ!!!!」
スザクの脳裏に溢れだす映像は頭の中を掻き回すような痛みと恐怖心を与え、襲い来る感覚に堪えきれず悲鳴を上げた。
ルルーシュ!ルルーシュ!ルルーシュ!!
目を開けるのさえ怖くて滅茶苦茶に両腕を振り回して彼の姿を求める。
「スザク!!」
恐慌状態に陥るスザクに驚いて駆け寄れば、腕を掴まれて力の限りに抱き締められた。
背中に回された腕はガタガタと瘧のように震えていて、合わさった胸から伝わる鼓動はものすごい速さで打ち続けている。
「ルルーシュ!ルルーシュ!」
ひたすらルルーシュの名前を呼び続け、離れることを恐れる子供のように縋り付き、涙でぐちゃぐちゃの顔は押し付けたルルーシュの肩を濡らしていく。
ルルーシュにはただその背を優しく撫で続けることしかできなかった。
それからスザクは外に出ることを止めた。
常にルルーシュを腕に抱え、カーテンを締め切った部屋の片隅で座り続ける。
少しでも離れると怯えた顔でどこに行くのかと聞かれるので、ルルーシュはスザクの目が届く範囲でしか行動ができない。
夜も眠っていないのか、ふと目を覚ませばギラギラとした光を帯びた翡翠色の瞳で周囲を見回していた。
まるでルルーシュが誰かから奪われないかと見張っているように。
しかしもちろんそんな日は長く続けられない。
「………スザク、食料が尽きた」
「え?」
朝食の後、スザクは深刻な顔をしたルルーシュにキッチンへと連れられて、空になった冷蔵庫を突きつけられた。
「食糧庫は…」
「とっくに空だ」
「あ、ネットで注文…!」
「ここ2日ばかり通信回線が不安定でな。繋がらない」
そんなことがあるのか!?といつもルルーシュが使っているパソコンを開いてみれば、確かにエラー画面のみが返ってくる。
どうりで最近ルルーシュがパソコンを開かずに本ばかり読んでいるはずだ。
「ここは町の外れも外れだろう。以前からこういうことはあったはずだが」
気付かなかった。
そもそもスザクが人と連絡を取ろうなどと言うことはめったになかったし、唯一の知人でもあるナナリーは向こうから訪れてくれるのだから。
呆然とするスザクを腕組みをしてルルーシュは見つめる。
「で、どうする?」
「どうするって…」
「町まで買い物に出るしかないだろう」
「い、嫌だっ!!」
町まで出るということは外に出るということだ。
そうなればあの空の下を通らなくてはならない。
それだけは絶対に嫌だ!
「嫌だと言われてもな…夜に出ては店が開いている時間には到底間に合わないだろう」
「雨!雨の日を待てば…!!」
「残念ながら2日前の天気予報ではここ1週間ばかり秋晴れの予測だ」
「そんな…」
あれもダメ、これもダメ。これでは八方塞がりだ。
しかしこのまま1週間も食料なしで過ごすには、青年である二人には正直言って厳しい。いや、無理だ。
天気予報が外れるのを願ったとしても、雨の日を待っていつまでも降らなかったら…。
がくりと膝を折るスザクをしばらく眺めた後、ルルーシュは嘆息した。
「分かった。ではこうしよう」
「ねぇ、ルルーシュ、大丈夫?」
「…うる、っさいっ…!お前、は、黙っ…てっ、しがみついて、ろ…っ!!」
ギシギシと不穏な音を立てながら息も絶え絶えのルルーシュが漕いでいるのは自転車だ。
いつも二人で出かける時はもちろんスザクが漕ぐのだが、今は物理的に不可能だ。
なぜならスザクはしっかりと目隠しをして両目を塞いでいるのだから。
「空が見えなければいいんだろう?それにしがみ付いていれば俺の存在も確認できて一石二鳥だ」
そんなことを言うルルーシュにスザクも同意してみたものの、やはり彼の体力的に無謀だったのかもしれない。
軽く掴めそうな細い腰に回した腕には上着越しに汗ばんで籠った熱が伝わってくる。
出掛ける時は二人ともできる限り顔は隠すようにとナナリーから言い含められているため、目深に被った帽子やサングラス、丈の長い上着など全てが動きの妨げになっている。
荒々しい呼吸音と激しく動く腹筋はそろそろ限界の様子だ。
「ルルーシュ…」
「ほああああああ!!」
降りて歩こうかとスザクが口を開きかけたが、その声はルルーシュのけたたましい悲鳴と身体に伝わるガクンと大きな振動に邪魔をされて最後まで続けられなかった。
気付けば背中に感じる柔らかな草の感触と、青い匂いに鼻をくすぐられてスザクは意識を取り戻した。
どうやら運転を誤って自転車ごとスザクとルルーシュは走っていた丘の斜面を転がり落ちたようだ。
チチチと耳に響く鳥の声。
瞼の裏に感じる暖かな光。していたはずの目隠しは落ちた衝撃で外れてしまったらしい。
薄く目を開けばそこに広がるのはスザクが恐れて止まなかった青空だった。
しかし目の前にいるのは。
「スザク!!」
心配そうに覗き込むルルーシュ。
その肩越しに見える空はあれだけ怖かった空ではない。綺麗な、どこまでも綺麗な青い空だ。
「ルルーシュ」
「どこか痛むか!?大丈夫か!?」
「ルルーシュ」
腕を広げてルルーシュをその中に抱き留める。
覚えている。
あの日も同じ空だった。
彼の身体を貫き肉を切り裂いた剣の感触。
そこから伝って落ちる血の熱さ。
肩にもたれかかる身体の重さ。
急速に失われていく彼の体温。
そして、ルルーシュの肩越しに見た、青い青い空。
全部、全部覚えている。
ああ、僕はこの空を、君と一緒に見たかったんだ。
生きている、君と一緒に。
「スザク」
ただ涙を流し続けるスザクの頬をルルーシュは両手で包んでこつんと額を合わせる。
至近距離で見る紫水晶の瞳は、スザクが大好きだった色だ。
きつい印象を与えがちな目元がふっと緩む、その表情はルルーシュの裡に入れた人にだけ見せる特別なもの。
「…お前は昔から泣き虫だな」
お前達が真に生きることを受け入れた時、その呪いは解ける
幸せになれよ
以前聞いた魔女の声が青い空に溶けて消えて行った。