大遅刻ですが、ゼロレクイエムにちなんで。
田中ユタカ先生の「愛人AI-REN」というマンガがありまして、この設定がとてもとても使いたくて!!
全然生かせなくてもうがっかりなんですが…こちらの愛人の存在をお借りしています。
説明不足な上にラストが観念的過ぎた気がして不完全燃焼…って最初に言い訳を並べるのはカッコ悪いwwと思いつつ。
私の中のゼロレクイエムは二人の再生だと思いながら書きました。
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あの日の空はどこまでも澄んだ青空だった。
白を纏ったルルーシュはその青に溶けて消えてしまいそうで、彼を連れ去ろうとするその空が、スザクはただただ憎かった。
今目の前にあるスザクのベッドに横たわっているのは、見たことのない少年だった。
白い肌に映える黒髪が一房頬にかかっていて、指で払うと滑らかな肌触りに少し驚く。
傷一つない肌、黒子さえ見当たらない。瞳を閉じた表情は穏やかで、紅い唇は微笑を浮かべているように弧を描いている。
彼は本当にこの世から存在を許されない、弾き出された人だったんだろうか。
スザクは枕元に肘をつくとその整った顔と、この人形のような人が生きていることを示す微かに上下する胸をぼんやりと眺めた。
始まりはナナリーだ。
ナナリーはスザクの友達で……友達の、はずだ。
実を言うとスザクにはここ半年ほどの記憶しかない。
ナナリーが言うにはそれまでは普通に生活をし、英雄ゼロとして彼女の仕事の手伝いをしていたらしいのだが…それも全く覚えていない。
どうしてこうなったのか、原因は分からない。いつからか徐々にスザクの過去は消えて行っていたのだ。
古い記憶の中から順に、一人、また一人といなくなっていく。
しかし、幸か不幸かゼロとして生きることを決めたあの日から枢木スザクとしての生は終えていて、忘れてもなんら問題がない。
だから誰も気付かなかった。気付いた時には全てが遅かった。
ふいに自分を隠して仮面を被ってゼロと言う存在を演じている理由すら分からなくなって、ある日スザクは外遊先から姿を消した。
ゼロがいなくなったことなどもちろん公にはできない。ナナリーと、ゼロがスザクであると知っている一部の人達で秘密裏に手を尽くして探し回り、見つけた時には彼は自分がゼロだったことすら忘れていた。
スザクがいた場所はゼロとしての公務で訪れていたバグダードの外れにある寂れた安宿で、部屋の窓から見える晴れ渡った青空から隠れるようにシーツを被って震えていたそうだ。
それも今では覚えていない。
どうやらスザクの記憶は壊れてしまっていて、覚えるスピードよりも忘れるスピードの方が早いらしい。
いつか昨日のことすら覚えていられなくなるのだろう。
そう言ったらナナリーが泣きそうな顔をしたので、スザクはそれ以上そのことについて話すのは止めた。
きっとそれすらいつか忘れてしまうのだろうけれど。
誰もがなんとかスザクの記憶を取り戻そうと尽力し、隔離された施設の中で無駄だと思える検査と治療を繰り返した。
それでも原因すら掴めず諦めの空気が漂い始めていた頃、一度だけ見知らぬ女性がスザクに会いに来たことがあった。
緑の長い髪をした美しい人だった。
「久しいな」
「誰だ!?」
月の綺麗な夜だった。
これまでのこともこれからのこと何も考えたくなくて、周りを囲む不安そうな顔をする人達から離れたくて、ただぼんやりと出ることが許されている庭を歩いていた時だ。
気配すら感じさせずに現れた彼女は、まるで月明かりが映し出した幻のように思えた。
「私を覚えていないのか、枢木スザク」
「……申し訳ないけれど、最近の出来事しか覚えていないんだ」
スザクの答えに女は眉間に皺を寄せると嘆息した。
じっと見つめるキラリと輝く金色の瞳に何もかもを見透かされているようで、スザクは僅かにたじろぐ。
「お前にかけられた呪いは随分強力だな」
「呪い?」
「生きろと言う呪いだ」
呪いと言う不穏な響きとは程遠く感じられる内容に、首を傾げる。
誰もが生きたいと願うものではないのか。それは呪いになり得るのだろうか。
「きっとお前は忘れなくては生きていけなくなったのだろうな」
何を?スザクは何を忘れなければいけなかったのか。それすら覚えていないなんて、なんと滑稽な話だ。
自嘲気味にそう告げれば一瞬だけ女の顔が苦しげに歪んだように見えたが、次の瞬間には口角を上げて妖しい笑みを浮かべると、
「難儀な奴らだ。この魔女が教えてやろう」
白くしなやかな指をスザクに突き付け、朗々とした声が頭の中に直接響いてきた。
「お前達が真の意味で生きることを受け入れた時、その呪いは解ける」
幸せになれよ、最後にそう付け加えられたように聞こえたのは幻聴だろうか。
瞬きをした後には女の姿は消えていた。
全ての検査が終わり、治療の手立てもないと判明して以来、スザクはナナリーが用意してくれた一軒家で暮らしている。
ゼロの仮面は今では別の誰かが被っているらしい。
もともとゼロは象徴としての存在だ。その中身がいつの間にか入れ替わっていたところで、執り行われる仕事に問題がなければ大した影響もないのだろう。
一人暮らしでも生活に必要な知識ぐらいは忘れることはないようで、特に不便も不満もない。
人に会うことも滅多にないから、わずらわしいことも一切ない。
あるとすれば、この場所ぐらいだ。
ここはブリタニア郊外の小さな丘の上で、周りにあるのはそう大きくはない森と湖のみ。この立地では嫌と言うほど空が見えてしまう。
スザクはなぜか青空が嫌いだ。
抜けるような青空を見るととてつもない恐怖に襲われる。
何か大切なものが奪われるような、身が千切られるような痛みを感じるのだ。
だからスザクの活動時間は大抵夜だ。
天気のいい昼間は分厚い遮光カーテンで窓を覆い一歩も外に出ず、買い物のような用事は雨の日に済ませる。
それでも特に問題はなかった。
ある日ナナリーがスザクの元を訪れるまでは。