反逆祭R2では遊びに来てくださった皆様、ありがとうございました!
いっぱいお話していただいたり、差し入れをいただいてしまったりと本当に楽しい一日でした(^人^)
アフターではアキトを観に行きまして、ポスカは安定のクラウス…うん、分かってた、分かってたよ…くそう…。
でも同行のKさんはしっかりセブン様を引き当てました!!さすが!!!
後日相方のRさんはジュリアス様を引き当て、私と一緒にクラウスを引き当てたIさんと「これが格差社会ってやつか…」と現実の残酷さを噛み締めたものです…。
以下は反逆祭での無配「under the rose」ですが、アキト第二章のネタバレを含みます。
また、捏造甚だしいですので閲覧にはご注意ください…。
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「……う」
カタンカタンと規則正しい振動音に混じり聞こえてきた呻き声に、意識が浮上するとベッドの上で身を捩る。首を回すとサイドテーブルの上にある小さな液晶から放たれた光が、墨を流し込んだような闇に数字を浮かび上がらせ、今が真夜中の三時であることを伝えていた。
「……ル、ル…」
押し殺そうとして失敗したような声が再び静寂の中に零れ落ち、散り散りに消えようとする前に一つ溜息を吐くと身体を起こした。
敷き詰められた絨毯の上に足を下ろすと、毛足の長いそれは身のこなしにあまり自信のない俺の足音も見事に吸い取ってくれる。
左目を覆う眼帯が距離感を失わせるため、できるだけゆっくりと歩いて俺の寝ていたベッドの反対側の壁にぴったりと寄せられたベッドに寝ている人物の顔をのぞきこんだ。
苦し気な表情で眉間に皺を寄せ、くるくると柔らかなカーブを描く前髪が汗で額に張り付いている。ベッドの脇に跪きそっと優しく指で毛先を払いのけると、「スザク」と耳元で囁いた。
「…ルル―、シュ……」
ギュっと眉間の皺が一層深く刻まれる。上掛けを握り締めた掌にも力が籠められ、薄手の布に切り裂くような亀裂にも似た皺が寄った。その手に自分の手を重ねて緩く覆う。
「スザク」
「……ぅ、ル、ルー…シュ…」
硬く瞳は閉じたまま、嫌々と首を振るスザクに根気強く名前を呼び続けた。時折爪が刺さるほど握る拳を撫でながら、静かに静かに語りかける。
すると、徐々に寄せられた眉根が緩んでいき、身体から力が抜けて行った。
「……ルルーシュ」
最後は穏やかに呟くと、すぅと寝息を立て始める。
暫くスザクの手を握ったままその様子を眺めてから、もう大丈夫かと立ち上がった。
ユーロブリタニアへ向かう列車に乗り込んで以来、この一連の行動が俺の毎晩の仕事になっている。
※※※
ジュリアス・キングスレイ。これが俺の名前、らしい。
自分の名前だと言うのに、らしい、だなんておかしな話だって?俺だってそう思う。
だが、俺にはこれが本当に自分の名前かどうか自信がないのだ。
なぜなら自身を構成するはずの記憶というものが、すっぽりと抜け落ちているからだ。もちろん全てが消えているわけではない。スポットライトが暗闇の中点在する出来事を照らし出す様に、ぽつりぽつりと覚えていることはある。
俺はブリタニアの軍師として、テロリストの首謀者ゼロ率いる「黒の騎士団」の制圧にエリア11を訪れていた時に起こったブラックリベリオンというテロ事件に巻き込まれ、頭に怪我を負い、そのため記憶が曖昧になっているのだそうだ。
これはナイトオブラウンズであり、今現在俺の護衛を勤めているスザクから教えてもらった。
しかし、そもそも俺は自分がブリタニアの軍師であるということ自体良く覚えていないのだ。確かに戦略や戦術に関しては失われた自分の思い出なんかよりもよっぽど深く頭に刻み込まれているようで、淀みなくスラスラと説くことができる。
しかし。しかし、だ。
キングスレイという生家から見れば、自分は一介の辺境伯に過ぎない。貴族ではあるが大した家柄ではないし、後ろ盾だってあるとも思えない。
そんな俺がどうしてブリタニア軍の軍師、しかもブリタニア皇帝直属の騎士であるスザクと共に行動するようになったのか。
ブリタニアは実力主義といえども、路傍の石のような存在をわざわざ拾い上げて宝石にまで磨き上げるような親切な国ではない。自分の力でのみのし上がっていくしかないのだが、それには足がかりだって必要だ。
それが一体なんだったのか。
スザクにそう問いかけると、「君の功績だよ」とだけ告げられた。
「功績?」
「ああ、あわやブリタニアを転覆させる程のテロを行ったというね」
「……それはゼロの仕業だと言っただろう」
首を傾げて伺い見れば、スザクの緑の瞳には底冷えがするような昏い光が宿っていた。それが真っ直ぐに俺の隠された左目を射抜くように向けられていて、思わず背筋に寒気が走る。
「……冗談だよ」
くっと喉の奥で笑うが、瞳に走った剣呑な色はちっとも消えていない。
もとよりスザクは普段冗談を言うような奴じゃない。
俺とスザクはブリタニア軍に従事してから知り合ったらしいが、靄のかかった記憶の中でも、はっきりと覚えている最近の出来事の中でも、他愛のない日常会話などしたことがなかった。笑った顔だって見たことあったかどうか。いつも深い闇から伸ばされる暗い影を引きずって、重過ぎるそれに圧し潰されそうになっているようにも思えた。
だからさっき言われたことにも、きっとなんらかの真意があるはずなのだ。
――例えそれが悪い冗談だったとしても。
言葉を重ねて聞き出そうとしたが、スザクはそれ以上何も言わなかった。決して、それ以上口を開かなかった。
※※※
眠り続けるスザクの目尻に光る雫が汗なのか涙なのか分からなくて、小指で拭うとじっとその顔を見つめる。
寝息は穏やかだ。和らいだ表情は十七歳という年齢に見合ったものか、それ以上に幼くさえ見える。
(黙っていれば可愛い顔してるのにな)
ぼんやりとそんなことを考えてから、同い年の男に対する感想としてはおかしいかと今の感想を追い払った。
ブラックリベリオンで負傷した俺は、その時も護衛をしていたスザクに助けられたそうだ。
病院で目覚めた俺が初めて目にしたのは、厳しいスザクの顔だった。なぜか今にも俺を殺しそうな程ギラギラした目をしているくせに、口元は泣くのを我慢するように歪んでいた。スザクのことが分からずに「誰だ?」と尋ねた俺に、唇を噛み締めて叫び出す声を必死に飲み込み絞り出すように口を開く。君は覚えていないかもしれないが…と語りだした話の中で、あくまでも俺とスザクは仕事上の付き合いなのだということだけは理解ができた。
それでもこんな風に仕事の度に長時間同じ空間にいたりすれば少しは親しくなるのではとも思ったが、スザクは俺に対して頑なな態度を崩さない。決して馴れ合わないという気持ちを隠そうともしない姿勢は、腹立たしいほどだ。寄越す視線は絶対零度の冷たさを含んでいるし、ちょっとした軽口にも付き合わない。
その徹底した態度が逆に意識し過ぎているんじゃないかと感じるのは、俺の思い過ごしだろうか。
そんなスザクとの今回のユーロピア共和国連合鎮圧へ向けた遠征は、正直息苦しいし気が進まないと思っていたのだが。
ユーロブリタニアへ向かう皇室専用列車はさすがに広く豪華な作りをしている。なのになぜ俺とスザクが同室なのかと聞くと、嫌そうな顔をしながらも「君の護衛を兼ねているから」と吐き捨てるように応えた。
確かに俺はブリタニア軍の軍師という立場上命を狙われることもあるだろう。しかしそれはナイトオブラウンズに守られなければならないほどのものだろうか?
疑問に思いながらも皇帝直属の騎士様から言われては文句もない。きっとこれだって皇帝からの勅命である可能性もあるのだから。
そして面白みのない二人旅が始まった。
二人旅と言っても、もちろん他にも乗務員はいるし、軍の関係者だっている。ただ、仕事の都合上二人きりになる機会がやたらと多いというだけだ。
それでもスザクの態度は相変わらずだったし、そっちがそのつもりならと俺もムキになって奴をできるだけ相手にしないようにしていた。
そんな状態での一日目の夜。
「寝る時まで一緒なのか……」
両端の壁際とはいえ、そこまで広くないコンパートメントの中にベッドが二つ並んでいたら嫌でも距離は近くなる。
ご丁寧に揃えられたリネン類に顔を顰めると、後から入ってきたスザクも苦虫を噛み潰したような表情をした。
「仕方ないだろ。護衛なんだから」
またそれか。
わざとらしく溜息を吐いてやったら、ムッとしたのか一層苦々しげに眉を潜める。
俺は黙ったまま勝手に自分のベッドだと決めた方へと歩み寄ると、マントを外して寝る準備を始めた。
スザクは俺を一瞥して黙ったまま部屋を出ていく。
なんだ、感じの悪い。どうせ俺なんかと一緒の部屋にはいたくないのだろうな。
そう、スザクと一緒にいるようになって分かったことがある。あいつは生まれつき無愛想なだけのやつじゃない。俺のことが嫌いなんだ。いや、憎んでいるのかもしれない。ふと気付くと、腰に下がった剣を首に当てられたようなヒヤリとした殺気を孕んだ視線でこちらを見ているのだから。
その考えに行き当たった時、俺は自分でも思ってもみなかったほどにショックを受けていた。また、そんな自分に動揺すらした。
相手にしないと思っていたのに、いつの間にかスザクの存在は俺の心のどこかに決して落とせない染みのように滲み、広がっていたのだ。この気持ちはもしかしたら記憶にはない時からのものなのかもしれない。そうでなければここまでの衝撃を受けるはずがない。
以来俺は自分の記憶について深く掘り下げることをやめた。
知ることが怖くなったのだ。スザクとの出会いも、一緒に重ねた時間も、交わした心も、想いも。
備え付けの夜着に着替えると、手触りのいい掛布をめくってベッドに潜り込む。この考えに陥った時は寝てしまうに限る。そして明日には何食わぬ顔をしてスザクと戦争の、人殺しの話をするのだ。
俺は自身の中の様々なものを覆い隠すように頭まで掛布を引き上げて目を閉じた。
その晩だ。
途切れ途切れに耳に入る苦し気な呻き声に目が覚めた。
パチパチと瞬きを繰り返して覚醒を促し、声の方へと顔を向けると常夜灯のオレンジが照らす薄ぼんやりとした中で、スザクが身を縮めているのが見えた。
「スザク」
声をかけるが起きる気配はない。呻き声は続いている。
仕方なく起き上がるとスザクのベッドまで近付き、揺り起こそうとして動きが止まる。
なんて表情をしているんだ……。
いつも俺に見せる冷たい蔑む表情とも違う、この世の終わりが来たってここまでじゃないだろうと思うほどの悲壮な表情にギョッとした。
何も見たくないとでも言うようにきつく閉じられた瞳、深く刻まれた眉間の皺と紅が滲むほどに噛み締めた唇。固められた拳は一体どこに振り下ろしたいのか。力が入り過ぎているのか小刻みに身体が震えている。
俺は尋常じゃないそのスザクの様子に慌てて肩に手を置いた。
「……る、る……」
るる?
戦慄く唇から漏れた声は耳を澄まさないと聞こえないほどに小さかったが、何もかもが寝静まった深夜の部屋の中では波紋のように響いて広がっていく。
「…る、るーしゅ……」
るるーしゅ、ルルーシュ、か?
どうやらそれは人の名前のようだ。
振り絞るように綴られる名前には様々な感情が含まれていて、俺の心まで悲鳴を上げる。
悲しい、苦しい、辛い、殺したい……愛おしい。
たった一言に込められたスザクの想いが、不思議なぐらい俺の裡へと流れ込んでくる。伝わる。
「スザク……」
堪らなくなって冷や汗が滲む頬にそっと掌を当てると、ぴくりとスザクの瞼が動いた。
目を覚ますかと思ったが、どうやら俺の体温に反応しただけのようだ。平熱よりも低めの俺の体温でも、今の汗をかいたスザクよりは暖かいのだろう。
「スザク」
もう一度囁くと、ほぅと小さく息を吐く。
「ルルーシュ……」
呟いて目尻から流れ落ちるのは一筋の涙。
俺は驚いて声も掛けられず、ただ必死に濡れた頬を指先で拭うことしかできない。
暫く繰り返していると落ち着いたのか、ふっとスザクの身体から力が抜け、穏やかな寝息が聞こえてきた。
俺は頬に残った涙の跡を見つめ、ゆっくりと今の出来事を振り返る。
なあ、スザク。ルルーシュって一体誰なんだ。
全てを捨て、世界中を憎んでいるとしか思えなかったお前が、あんな声で名前を呼ぶ相手は。
スザクの頬から手を離すと、胸元をギュッと握り締める。
胸が痛い。息が上手く吸えない。頭の中が攪拌機でかき混ぜられているようにグルグルと回って、気持ちが悪い。
ベッド脇のサイドテーブルに手をついてなんとか身体を起こすと、俺は変わらずに眠り続けるスザクの姿を眺めていた。
俺はきっとルルーシュのことをスザクには聞けない。聞いてはいけない。
明日になったらまた全てを忘れる。
この感情は毎日生れ落ち、そして死んでいく。
そうでなくてはもう俺は生きてはいけないのだから。
※※※
こうして目的地に着くまでの俺とスザクの毎日は過ぎていくのだ。
到着した暁にはせいぜい偉そうな態度を取ってやろう。スザクが思い切り嫌な表情をするぐらいに。俺の今の記憶の中で見慣れた表情だけを見せてくれるように。