こんにちは、結城大作です。

先日、我が家族のひとりが亡くなりました。

愛兎のラビヲ、享年推定12歳です。

ラビヲのことを、少し書かせて下さい。

ラビヲはネザーランド・ドワーフラビットという種類のウサギで、我が家に来たときにはちょうどアンパンにカビが生えたような、大きなマリモのような、そんな姿でした。

当時暮らしていた池袋のデパートのペットショップで彼を見付け、一人暮らしの僕は飼えるかどうかを2時間近く迷ったあげく、とうとうつれて帰ってしまったのを覚えています。

いっしょに小さな飼育ケージと、黄色と青の餌入れを買いました。

ウサギ用の餌入れを買ったのですが、まだ子ウサギだった彼はその中に入れてしまう程小さかった。

当時住んでいたマンションの角という角に歯形を付けて回って、そこを引っ越すときに大家さんにとても叱られました。

ラビヲは何歳の時だったか、多分3歳ぐらいだったと思いますが、大きな病気に掛かってしまいました。

尿管結石なのですが、尿にカルシウムを多く含むウサギは、気を付けないとよく煩う病気です。

数日餌も食べずに具合が悪そうにしている彼を、僕はウサギ専門の獣医を捜して連れて行って、その病気を知らされました。

しかもその病気は手術が必要で、手術をしないと3日も保たないというのです。

聞かされた手術費用は高額でした。

保険などないウサギ君です。

彼を購入した金額の6倍近く掛かるとのことで、しかも成功率は50%以下だと言われました。

体の小さいウサギは、手術に耐えられず死んでしまうケースが多いそうなのです。

正直、迷いました。

当時の僕には家賃より高い手術費用を、ポンと出せる余裕などありません。

でも、やはりお願いしました。

即日入院し、首尾よく成功して退院できるのは2週間後とのこと。

今でも良く覚えていますが、彼を迎えに行った日は、大雪が降っていました。

僕はお出かけ用のケースにタオルをいっぱい入れて、電車とバスを乗り継いで迎えに行きました。

人の心配をよそに、元気な顔で待っていたラビヲ。

しかも今まで食べてくれたことのなかった、生野菜をもぐもぐとかじっていました。


ラビヲには、不思議な癖がありました。

座布団やマットなどの上に置くと、そこから出られないのです。

もちろん囲いなどはないのですが、まるでマットの境界の外は断崖絶壁かのように、その上だけをぴょんぴょん跳ね回っていました。

ラビヲも大きくなって、ウサギ用の大きめのケージも買い、そこが彼のお家になりました。

生涯通して、彼の最も好きな場所が、そのケージの中でした。

部屋に放して自由にさせていても、しばらくするといつの間にかケージに戻っているのです。

以後、我が家にはいろいろな動物たちがやってくることになります。

フェレットが、2匹。

知人が飼いきれなくなった、種類不明のウサギ。

フェレットなど肉食なので始めは心配でしたが、ラビヲは全く平気な顔をしていました。

ウサギはメスだったのと、かなり気性が荒かったせいで、ラビヲとは別のケージで飼っていました。

それぞれ10年と生きていましたが、ここ数年で次々と先立って逝きました。

まったくラビヲの生命力には脱帽です。

手術後、やはり体力をかなり消費しているはずなので、長生きは無理と言われていたのにです。

ウサギの平均寿命は5年といいます。

彼はなんと、倍以上もがんばってくれたのです。

あのとき僕が無理をしてでも手術したことに、恩を感じてくれていたのでしょうか。

今年に入ってからは毛も抜け出し、ローストチキンのような姿になってもがんばっていたラビヲ爺さん。

僕の生活に振り回されて、何度も引っ越しを経験させてしまいました。

ここ最近は目も患い、毎日目薬が必要でした。

片目はどうやら、見えていない様子でした。

たかがウサギと侮るなかれ。

冷たくなって横たわっていた彼は、骨と皮のように痩せ衰えていましたが、どこか生ききったような誇らし気な顔に見えました。

ケージを片付けていたら、すっかり忘れていましたが、ずーと同じ黄色と青の餌入れを使っていたんです。

黄色にお水、青にペレット。

やるなぁ、爺さん。

歴史だね。

ずっと長い間、動かなくなるまで、一緒に居てくれてありがとう。

$結城大作の名刺-ラビヲ

ではでは。