こんにちは、結城大作です。

日々歴史に思いを馳せている結城ではございますが、最近は縄文・弥生などの古代に心が躍っています。

もちろん以前から非常に興味があったのですが、最近また興味を再燃した理由は、教科書なんです。

歴史の教科書でも読んで、基礎知識のおさらいでもしようと思いまして、読み始めたんですね。

当然まず始めに書かれているのは、縄文・弥生時代。

読んでるうちに、おやおやおやおやっと好奇心が刺激され、あれやこれやの資料探し。

気が付けば、教科書は全然読み進みません!


そんなこんなで、僕の中で今熱いです! 古代史!!


古代史のロマンと言えば、筆頭は邪馬台国ですよね。

実在すら未確認なのに、こんなに有名なクニ、邪馬台国。

まるでムー大陸みたいです!

邪馬台国を調べていて驚いたのが、その候補地の多さです。

九州説と畿内説が有力で、有名なのは知っていましたが、関東や東北、はたまたジャワやハワイ説まであるそうです。

本当にムー大陸かよ!

ある方の本に、「小高い丘と古い神社があれば、今日からあなたの町も邪馬台国候補地」という強烈なお言葉が載っていましたが、確かに数年前に起こった邪馬台国ブームのおかげで、にわかに候補地に仲間入りした場所も多いんでしょうね。

ちなみに気になるのは、関東の候補地ですよね。

すみません、結城はハマッ子なので、気になります。

その関東の候補地ですが、なんと千葉県なんです。

それも我孫子(他説あり!)。

我孫子って、どちらかと言うと東京寄りの千葉ですよね。

邪馬台国、近っ!

もしかしたら竜宮城も、お台場あたりにあるんじゃないでしょうか。


そもそも、邪馬台国って何なんでしょうね。

邪馬台国って魏書東夷伝倭人条(通称:魏志倭人伝)などの中国の古い歴史書に登場する地名ですが、なんと日本の歴史書には登場しないんですよね。

とはいえ日本最古の歴史書古事記が書かれたのが西暦712年なので、魏志倭人伝より400年も後なんですが。

とにかく魏志倭人伝によりと1~3世紀頃にかけて成立していたクニのようです。

おっとおっと、このころは古事記のよると、11代目の垂仁天皇から15代応神天皇の時代ってことになります。

邪馬台国って言えば、卑弥呼じゃないですか。

じゃあ卑弥呼って誰なんだって話ですよね。

ちなみに卑弥呼も、古事記などには登場しません。

この時代に有名な女性と言えば、14代仲哀天皇の奥様である、神功皇后です。

はたして卑弥呼って誰のことなんでしょうね?

考古学というのは、世界的には5~6千年前のことを調べていることもザラなのに、日本は2千年前も曖昧なんですよね。


ところで個人的見解ですが、邪馬台国や卑弥呼って、もっともっと昔の話ってイメージありませんか?

でも案外、そんなに昔じゃないんですよね。

魏志倭人伝の魏とは、三国志でおなじみの魏です。

なんと卑弥呼は、近年レッドクリフなどでおなじみになった、呉の周瑜公瑾と同い年なんですよ!(175年生まれ)

もちろん曹操(155年)より年下です。

そのころゲルマン民族がせっせと大移動を始め、ローマ帝国はもう滅びようとしています。

意外と新しいんですね。

日本史の教科書だと第一章ですが、世界史だと1/5ぐらいページが進んだあたりです。


なんだかいろんな意味で、ロマン溢れる邪馬台国。

皆さんも、ときには遥か古代(イヤミではありません!)に、思いを馳せてみては如何でしょう。

ではでは。