就活について自己分析をすることが大事だと思ったので自分への備忘録的な意味も含めてこれからは毎日書くと宣言しておきます(笑)
高校同期や大学でであった知人が次第に就活を始めている。焦り始めているのはあるが正直その辺の大学生に負ける気はしないという謎の自信がある。大学四年間かけて体育会に所属するということが、就活に受かることを目的として行動しているような人より価値がないとは思えない。果たしてESの書き方やGDのうまい方法など小手先の技術だけを磨いただけのやつに負けるのだろうか。
体育会の就活の支援をしている会社の人とお話しする機会があり、その人の話では「部活に時間がとられて就活が遅くなりがちな体育会の学生が就活の情報差だけで他の学生に負けるのはとても悔しい」とおっしゃっていた。実際、本当に精神的にも身体的にも強く、後輩の面倒もよく見てくれる素敵な先輩が就活に失敗しもう一年やるというのは珍しいことではない。なんであの先輩が落とされるのか本当に疑問であった。
四年間プライベートのほとんどを部活に費やし青春を打ち込むことは価値のないことなのだろうか。体育会側からすると全くそう思う人はいないだろうが社会に出るとそれは価値のないこととみなされるのであろうか。ありきたりのサークルでありきたりのバイトをしたコミュニケーション能力が高い人間の市場価値はそんなに高いのか。全然納得がいかない。
これはエゴなのだろうか。体育会じゃない奴はだめだとか、そういうことを言いたいわけではない。勝利の喜び、つらい練習を乗り切った後の達成感、自分の力が不足していると感じた時のやり場のない気持ち、目標に向かってチームで取り組むことの一体感、先輩後輩同期の本音でぶつかり合える人間関係、自分の価値観が日々一新される刺激、そして構築される確固たる自分の居場所、、、これらはありきたりの生活で味わえるものではないと自信を持って言える。もちろんほかの道を進んだら別のものが得られると思うが、広く言えば人生規模で大事なことを学ぶことができる場所だと感じている。
自分は高校まで卑屈な性格だった。本気で努力するなんてださいと思っていた。自分が本気で努力すれば何でもできると思い込んでいた。そんなのは間違いであると本物の体育会に入って気づかされた。本気で努力することは本当にかっこいいことである。たとえそれが他人に遠く及ばなくても、自分が本気でやったと自信を持って言えるなら、それを笑う人なんかそうそういないだろう。本気で努力することの価値は本気で努力したことがある人にしか絶対わからないと思う。
そもそも本気で何かに打ち込んだことがある人ってそんなに多くないと思う。自分の限界を知るのが怖いから、自分の本気は無限大だと信じたいから、本気でやるのはダサいから、という考えの人間は多いのではないだろうか。
こんな考えの人間に見せかけのコミュ力で就活で負けるのは絶対に嫌なので今からちゃんと情報を集めてスタートダッシュを決めます。