楽器:テューバ

大フィル歴2007年入団

楽器は、中学1年生から始めました。

学歴:相愛大学音楽学部

音楽歴:第30回日本管打楽器コンクール2位

大阪音楽大学、相愛大学、神戸女学院大学各講師。

duo夢街道、infinity tuba quartetto各メンバー

 

 

今回は、テューバ奏者の川浪浩一さんにお話を聞いていきたいと思います。

(テューバ奏者の川浪さんですが、トロンボーンなどもお持ちで写真の楽器もマイ楽器です!)

 

 

高見:2月25日から公演が中止になりました。

 

川浪:いや、その時は、まさかここまでになるとは思わなかったから、まぁ、徐々に飛んでいる公演はあったけど、ここまで公演がなくなって自粛になっていくとは、思わなかったですよね。なので大分戸惑いがありました。

 

高見:3、4月は、もともとは乗り番ありましたか?(笑)

 

川浪:3月はそこそこ乗り番ありましたよ。4月は、なかったけど・・・。(苦笑)

 それが、本当に6月までなくなってしまって・・・。

 

高見:この時期どんな過ごし方をしていましたか?

 

川浪:最初の方は、普段あまり家にいないので(笑) 子供も含め家族みんなが家にいて

ずっと子供とずっと遊んでました。最近は、ヴァイオリンを弾かせてみたり(奥様は、素敵なヴァイオリニストさんです)、料理したり、ケーキ作ってみたり色々しました。

 

 

 

 

 

 

(お子さんと一緒にケーキを作っています。)

マンションのルーフバルコニーで遊んだり、家の中でダンボールハウスを作ってみんなで色を塗ったりもしました。料理の時は、上の子(幼稚園の年長さん)は、材料を切ったり混ぜたりして一緒に料理をしたりもしました。下の子(幼稚園の年少さん)もちょこっと運んでくれたりしました。まぁ、ほとんどすぐ飽きて遊んでましたけどね。

 

 

(ご家族皆さんで作られた段ボールハウスでデコレーションもお子様です!)

あとは、結構お散歩をたくさんしていました。家の近くに世界遺産の百舌鳥古墳群の一つで前方後円墳の「いたすけ古墳」という小さな古墳があって、中には入れないんですが、古墳の一部に狸が住んでいて、子供たちと見にいったりもしていました。

 

 

(世界遺産の一部で古墳の右端のところに狸がでます!)

 

高見:3月、二週間くらい空いてから、無観客ライブ配信をしましたね。

 

川浪:久々にオケできるし、とても好きな曲だったのだけど、嬉しさもあったし、不安もありました。そして変な緊張感がありました。久々にやるのもあったし、配信だったし、たくさんのカメラに見られているみたいな。お客さんがいないのにあのホールで本番ってのもとっても変な感じでしたね。

 

高見:確かにお客さんいないし、カメラだらけだし、でも舞台は和気あいあいという感じでしたね。ドキドキでしたけどね。

 

 

 

(先週のいづみホールのライブ配信のリハーサルの様子

)

 

高見:三月に定期演奏会して、またしばらくない期間が続きました。ちなみに

普段、川浪さんは、大学とかでも指導していますよね。

 

川浪:3月、4月、5月は、春休みを含めてなしでした。6月から少しづつ始まりました。

それまでは、オンラインでやっていたんですが、生徒のWIFi環境が整っていないとテューバの音って低周波に属するのできちんとマイクが拾ってもらえなくて、音が聴こえなかったり、途切れ途切れになってしまうんです。

なので途中からは、録音を送ってもらって、それに

コメントとぼくの音源を送り返すのをやりとりしていました。

 

(練習したり録音したり)

 

高見:普通のレッスンとかオンラインとかより、よっぽど大変でしたね。

 

川浪:実は、この期間、練習したり録音をしていたら、家には防音室をして吹いていたのですが、近所からクレームが来てしまって、そのあとからは、大フィル会館に昼くらいから車で来て、夜まで録音をし続けるっていう生活をしたりしてました。

録音し続けていたので、自分の練習にもなったと思います。僕は、そうじゃないとほっとくと楽器吹かなくなっちゃうので、、、、、。(苦笑)

 

ただ、それでも人と一緒にここまで長い間吹かないのは、学生時代から一度もなかったですし、なんか、やはりオケに入って人前で吹くのが普通になっていたので、ここまで吹かないのは、すごく気持ち悪くて、心に穴が開いたみたいな気持ちになってました。

 

オケは、6月に始まっていましたが、テューバは、乗り番ではなかったので、7月の定期演奏会のブルックナーの6番がデビュー戦になります。

そして、6番の交響曲をやることで、個人的にブルックナーコンプリートになるので、かなり意気込みが違います!

やる気満々で、楽器もこの期間にお店にメンテナンスも出しました!!!!! 

(いつぶりだろう・・・・。笑) 

家でも楽器を分解したりもしたんだけど、部品を子供が持って行っちゃいそうになったりとかして、死守するの大変でした!

そんな子供の入園式が最近5月末にありました。コロナの影響をしっかり受けて入園式からあまり行けてなかったですが、、、、。

なかなか、大変な時期ではありましたが、家族と色々するという意味では、充実した時間に当てられたような気もします。

 

楽器の方では、家で吹けなくなるという非常事態はありましたが、レッスンで録音をして送るということをしていたので、自分の音も含めて、録音を聞く作業をしていて、改めて基礎や曲について客観的に再発見をすることもできました!

 

 

 

高見:川浪さんの楽器の歴史を少し、教えてください。楽器はいつからやってましたか?

 

川浪:中学校の吹奏楽部で始めました。中学校は、とてもブラスの強豪校として有名な学校でした。1年から3年まで毎年吹奏楽コンクールの全国大会で演奏しました!

元々は野球部に入りたかったんですが、丸刈りしないといけないのが嫌だったし、色々あって、仲の良かった友達が入るというので付いて行って、一緒に入部しました。しかもジャンケンで負けて(苦笑)テューバになりました。

でも、テューバになってから本気で部活やめようかと思ったりもしました。

 

高見:え?なんで!?

 

かわない:まずは、自分の楽器とかないので、歴代使われてきたべっこべこでサビサビの楽器をあてがわれてヤマハでもなく、『ニッカン』って彫ってありました。苦笑

(ニッカンというのは、ヤマハの前身の会社でとても古い物で、学校の楽器では時々残っていたりします。)

 

中3の時は、なんと部長までやりました!そんな感じで中学で大分やり切った感がかなりありました。

 

高校は、本当は、音楽科のある学校(福岡第一高校)に行きたかったんだけど、家族に大反対されて普通に進学したので、まずは部活に入らず過ごしていました。でも、その学校の顧問の先生が中学生の時の事を聞きつけたらしく、呼び出されて、まぁ、経験者なので

普通に吹けたし、手伝ってほしいと言われて、学校にあった古い楽器をあてがわれて、(中学の最後の方は、その学校で一番綺麗な楽器を吹いていたんですが・・・・。)やっていました。

 

そして、僕がいた街の近くに豊津にある愛嬌音楽祭というのがあって、そこに東京藝大のテューバの稲川先生が金管アンサンブルをつれて来られていて、とても良い音楽を聞かせていただいたり、一緒に共演する機会があったりしましたが、その時は、音大に行くつもりは、まだありませんでした。

 

でも、高校三年生の時に消防音楽隊の方のレッスンを受ける機会がありまして、その方の先生が、大フィルのテューバの方で後に僕が行った大学の先生でした。

その当時は、大フィルに九州定期があって、その時に親とレッスンを受けに行って、よかったら大阪に来ないか?と誘ってもらって音大受験が決まりました。

本当は、その時、『ブリジストン』に就職しようとしていたので、すごい方向転換でした。

 

高見:晴れて、大学に合格して、大阪で初の一人暮らしでしたね。どうでしたか?

 

川浪:正直すごく楽しかったです。実家からは、ご飯とか、梅干しとか、焼酎とか送ってもらっていたので、究極は、塩と梅干しを焼酎飲みながら、ご飯炊けたらそれ食って寝る!でした。

 

<本当に全部自分でやらなくてはいけないので、つくづく親のありがたみがわかった時期でも

ありました。>

 

学生時代は、バイトで学校の手伝いとかはしていましたが、普通のバイトは、しなかったです。ありがたいことに2回生くらいからオケでお仕事を少しづつさせてもらってて、やっぱりプロになりたくなって、たまたま、4回生の時、東京のプロオケのオーディションがあり、最後まではいけたんです。それで少し自信がついて、そうこうしているうちに、師匠が病気でお亡くなりになって、大フィルのオーディションがあるということで、相当な意気込みで臨みました。

テューバのオーディション自体一回で100人以上応募があるものなので、その時に、最後に残れたのは、本当に嬉しかったですね。

 

唐川先生には、2年間くらい習うことはできたのですが、病気で倒れられて、そのあとは吉野先生に習えて、教え方もスタイルも全然違うので、引き出しが増えて、本当に良かったです。そして、レックスマーティン先生を紹介してもらって、毎年レッスンを受けられて、合宿も参加して、横で彼の音を聴いていられて、本当にたくさんのことを吸収できました。それが今日の僕の演奏にとても影響を及ぼしているのは、いうまでもありません。

 

高見:ありがとうございました。

今回は、大阪フィルで唯一のテューバトップ奏者の川浪浩一さんにお話をお聞きしました。

自粛期間の段ボールハウス、古墳の狸や彼の楽器の歴史などいろいろな話が聞けて楽しかったです。

 

それでは、お話でもありました、楽器屋さんに出してリニューアルした彼のテューバで演奏するブルックナー交響曲6番お楽しみください!

 

インタビュー:高見信行  6月29日