僕最近思ったんです。


どんな人でもベストなんだなって


まず、今を一生懸命じゃない人なんて居ないんですよね。

どんなに堕落していても、それがその人の中の生き方ではベストなんだなって

それに対して他人がどうこう言う筋合いないなって


誰しも、生まれつきのものと、生きている環境でそれぞれに考えを持って、それを基に選択をしている。

僕らは特定の思想に基づいた倫理観や大多数意見を当たり前だとか、普通、正解と言うふうに表現して、それに忠実に生きること、その中での縦の比較で順位をつけて評価すること、社会に適応してやっていくことを是として生きているのかな?


でもどんな社会にもそれができない『変わり者』的な存在がいて、大抵嫌われたりする気がする。

変わり者は変わり者なりに信念を持っていたりするんですよね。変わり者は変わり者なりに一生懸命なんですよね。(?)


そしていわゆる普通と言われる人は、いわゆる普通ということに一生懸命なんです。よね?


そのいわゆる普通の中にも色々な個性や性格があって、それらの性格が似た、合う環境にみんなが集まる。

性格、個性(自分)が合わない人から避けるために(?)

そしてその社会においての秩序を守るために(?)


正解って必要なのか。

無理に正解を作ろうとするから、それに合わない人とが対立するだろうし

怒りや悲しみが生まれてしまう。

無論それだけが原因ではないし、これは要因のひとつだとか考えていたりするけど


僕は最近不倫について考えてました。

有名人が不倫すると大々的に報道され、バッシングされ…

なのに既婚者の男性は約3割、女性は約2割の人が浮気不倫をしていて、クラスに1人は托卵で生まれた人がいる割合らしいし、

何故人妻でAVに出ている人は叩かれないんだろう。


僕らは人前で裸になってはいけないと教わり、エッチなことは悪いことと教わったのに

それをさらけ出すことで生きている人もいる。


(例えがそっち系なのは僕が思春期真っ只中ってことにしてくださいな)



正解や当たり前やそういうものを考えないようにするように心がけました。

正解を決めつけようとするからそれに外れた人が許せなくなるんですよね?きっと


色んな人がいて、それぞれがそれぞれなりに一生懸命生きている。

生きるのに一生懸命じゃない人なんていない。


中学の同級生には、大麻を吸ってる人、グレて毎晩走り回ってる人、東大目指して努力している人、夢を追いかけてる人、彼氏彼女といっぱいイチャイチャしてる人…

(元カノはパパ活を頑張っています)


色んな人がいます。それぞれはそれぞれの中でベストな選択をしているんです。例え本来望む選択が出来ていなかったとしても、その時の状況下に置いてはベストな選択を常にしているんです。

だって本当は右に行きたいけどけどあえて左…なんて人生の重大な選択でしないでしょ?

と思うんです


だから僕らは一方的な視点から他者を決めつけて指摘批判するのは違うと思うし、ずるいと思うんです。


みんな今を一生懸命生きているんです。

それが例え当たり前から外れていても…


人を殺すのはもちろん、自分も含め人を深く傷つけてしまうのは良くないことです。


極論は除いて、


でも中にはそれって人生損だよねっていうものも多いですけど…

それも僕の主観でしかない…



でもその倫理観然り、当たり前というのは、それが1番大多数の人を傷つけない方法である(?)と思うところがまた難しいんですよね。