オレのバーベルもダンベルもエレキギターも名前は野晒しだ!

そしてオレの股間にぶら下がってる物をLove Gunと名付けた!

これを野晒しのLove Gunという。

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今日の曲、

KISSのLove Gun!

 

 

オレは小学5年の11歳の時にキッスを聴き始めた!

今年で47年間も聴いてる事になるな!

そんでキッス初来日も47年前の4月だった!

 

普通はそんなガキがこういう音楽を聴く場合は兄貴が聴いてたからという事になるがオレはオレが長男だ!北斗の長兄だ!オレは誰からの影響でも無くて自分で興味を持って自分で好きになって自分で聴いたのだ!

 

そしてその11才の時にエレキギターが欲しくなった!

キッスの曲を弾いてみたかったのだ!

しかし11才のガキにそったら致命的に高けー物は買えるワケがねー!

更にアンプも必要だし、他にも必要な物はあるし、そったらに買えるワケが無えーが、とりあえずピックだけ買っといた。

 

しかし知識も無かったから買っといた数枚のピックはフォークギター用のピックだったあ!

 

そんなある日、頭がぶっパゲやがった伯父が頭をテカらせて埼玉から遊びに来やがったあー!

コイツはヤクザだ!

このぶっパゲヤクザにオレは何の気なしにエレキギターが欲しいと言ったらはぶっパゲヤクザは埼玉に帰ったら送ってやると言った。

 

ぶっパゲヤクザは飲み屋で流しをやってた事があるからギターも弾けるし歌も上手い!

禿げた頭でマイクも無しで大声で歌う!

髪もマイクも必要無い伯父は裏の世界の人間だった。

 

このツルテカ大将の伯父は帰ったら自分のエレキギターとアンプを送ると言って帰ってったんだが、数日後オレが、毎日毎日何回も何回も顎がひん曲がってドタマにフケがたかった先公に怒られてた学校から帰ったらエレキギターとアンプが届いていた。

 

嬉しかったが、はたしてどうやって弾くのかサッパリ解らねーから、しばらくほっとく事になった。

 

しかし弾き方が分らねーながらも触ってるうちになんとなく解って来るものだ。

 

最初は1本の弦だけ使って適当に弾いてみる。

ピックの持ち方だって適当だ。

 

しかしこうやっていく内にだんだんと解ってくるものだ。

 

オレが魂の底から大好きなYさんと同じクラスだった中学1年の時の担任は音楽のアデランス津田だった。

オレはこの津田にクラス全員の前で大声でアデラーンースーと言ったら残されてビンタを喰らって、懲りねーオレは数日後には往復ビンタを喰らったがなんも痛くねえー!

しかしオヤジにぶっ叩かれた時は、

痛ってーなー

チキショー!

 

で、津田に音楽の時間にギターでグリーンスリーブスを教わった。

 

コード弾きとアルペジオと単音弾きだ。

オレはこれらを直ぐ覚えた。

覚えた後は持ってったピックを取り出して他のものを弾いていた。津田の前で光速ドレミファソラシドを弾いたら津田は、

「上手いなー野晒しー。

野晒しお前上手いわー!

上手いなお前はなーおえなーおえなあーおえなー」

とワケの解らん事を言っていた。

 

中学2年の時は学校祭で演奏する3年を見て「ダメだあったら物!来年はオレらが学校祭を変える!」とは言ったものの、まだまともにギターが弾けないときたもんだ。学校祭を変えると言っておきながらステージでグリーンスリーブスを演るわけにはいかねえー!

 

 

そんで、ドラムセットを持ってた友達の家でライブを年明けの2月にやることになった。

オレは3ヶ月くらいで14曲覚えた。

グリーンスリーブスと光速ドレミファソラシドしか弾けなかったのに短期間で14曲も弾けるようになったのはオレがゼウスだからだ!

 

2月のライブは大性交、いや、大成功だった。

 

その年の秋の学校祭の前の日は友達の家と学校を何回か往復してドラムセットやギターやアンプを学校に運んだ。

 

運んでステージにセットして全部の楽器で音を出してみた。そしたら誰も居なかった体育館に

人がゾロゾロ入って来た。そのデモンストレーションで既に大受けだった。

学校祭の本番はもっと大受けした。

 

 

そして思い出したんだが、中学1年の時に住んでた家の隣の家の2つ年上のフトモモを丸出した姉ちゃんも偶然にキッスのファンだった。

オレがエレキギターを弾いていたらというか適当に音を出してたら隣にも聞こえてて、そのフトモモ姉ちゃんが、隣の子がエレキギターを持ってるから私も買おうと言ってガキのくせになにかのバイトをやったようだったが体が持たなくて辞めたようだった。

 

 

オレらのステージでの演奏を見て影響を受けてエレキギターを買った奴も何人か居た。

 

オレの影響を受けてボストンのバークレー音楽学院に行っちまった奴も居た。

 

中学の同級生がロックを聴くようになったのもオレからの影響だ。あんな音楽を聴いてる奴はオレしか居なかった。

 

そうやってオレを含めて才能の無い奴等がロックやギターにうつつをぬかして人生が致命的になった!

オレから影響を受けたら人生が破滅するのだ!

 

しかし当のオレは、

 

まだだなぁ~。

 

まだ、このくらいじゃぁ~

 

致命的じゃぁ~ねぇ~ぜぇ~。

 

オレの人生で致命的だった事はたった一つ。

Yさんに告白しなかったことだ!

 

 

 

そんで、

沢山の人の人生を崩壊させたオレは気楽に何も考えないでこうやって奇事を書いてる。

 

前にも書いたがオレから影響を受けてボストンのバークレー音楽学院に行った奴は今は百姓をやってるようだ。

 

オレとアクション映画を作りたかった奴は何十年も前に離婚して娘に合わせて貰えない人生を送って来て、札幌に帰って来てミニスキーで遊んでるようだ。コイツは60歳だ。

 

オレは元気以外全てを失った。

失う前にトレーニングとエレキギター以外全部捨てた人生を送って来た。

 

しかし膝を壊して何も出来なくなった時に、「ああそうか、オレはトレーニングとエレキギター以外全部捨ててきたのか」とやっと気が付いた。

 

しかし膝を怪我してトレーニングもまともに出来ないし、何故か知らんがギターを弾く気も起きない。

そう、オレはまともなトレーニングもギターを弾く気も失ったようだ。

 

でもいいんだそれで。

 

そんなとこも含めてオレの良いとこなんじゃないかなって、そう思うようにしてるんだ。

 

馬鹿な事ばっかり言ってるってぇ?

 

ま、そんなとこもオレの致命的なとこさ。

 

よおーしということで狂の奇事はおしまいだあ!

この札幌のデコボコの氷の道を膝が悪いオレがどういう思いで歩いてるのか想像出来る奴ぁ居るかあ?

居ねーだろうな!

しかしそんな恐怖にも慣れてきたあ!

さっすがオレは

強えーぜーっ

!!!!!!!