上の写真は山本玄峰老師の「夢」で御座います。
本堂の壁に本日掛けました。
ここのところ恥ずかしいのですが少々鬱気味です。3箇所掛け軸を掛けるところがあり週一のペースで変えていましたが怠っていました。
そんな中、明け方に不思議な夢を見ました。
9年前に亡くなった母が出てきました。母は若いときにC型肝炎にかかり長い間、闘病生活です。77歳まで生存していたのですが亡くなる7.8年は介護が必要で自宅で寝たきりの生活を送りました。
そんな母が昔のように父と枕を並べて寝ていました。父はそこにはいませんでした。その母に私が近づき声を掛けます。しかし、母は私の気配は感じるのですが私が見えないようです。私は母の前に近づき抱き付きます。それでも母はわかりません。そして母が取った行動は口を尖らし唾液で泡立て私の顔に着けようとします。接吻ではありません。何とか知らせたいが為の精一杯の知恵だったのだと思います。
私からは、その動きが見えます。何回となく、その行為が続きます。すると枕元の携帯電話が鳴ります。私の携帯電話かと思いましたが父の携帯電話でした。そこで夢から覚めました。
その間、私はこれが夢であることはわかっているようないないような心持ちでした。
夢とは「あの世」と捉える考えもあります。茶道でも「夢」の掛け軸は仏事などの時に使われると聞いた事があります。
そして、昼にホームセンターで花を、スーパーでは母が大好きだった林檎と夏みかんを買い戻る途中にふと思いました。
本当は逆なのではと!
私が母のことを見えていなく母は私の事が見えている。
ここにある仏前に供える花や林檎や夏みかん、そしてお香は母の唾液のようにものなのだ何とかその存在を知らすべき行為に他ならいなと。
私を叱咤激励でなく只その存在を知らせたい行為です。
それを教えてくれたように感じ涙が止まりませんでした。
良寛さんの逸話に新潟の実家に帰省した時の話があります。そこに親不孝な甥っ子がいました。その両親は良寛さんに説教を頼みますが
一向に良寛さんはしません。何日か過ぎて帰ると言うとき甥っ子が良寛さんのわらじを結びます。その時良寛さんは大粒の涙を流します。
その涙が甥っ子に落ちます。
そこで甥っ子は何かを感じ取ります。以後改心して店の仕事に精を出します。
その時、甥っ子は良寛さんの涙に何を感じたかです。
今日は彼岸の入りで御座います。
ご自愛の程、願います。
師が遷化されて早3年が過ぎました。もし、このブログを見たら「この野狐禅が」と一喝された事でしょう。
わかったと思った瞬間に又一段深い渦の中に入る事になります。
人生とはわからないものです。
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