大文字バースともうします。
お読みいただきありがとう
ございます。
自分のこれまでの経験が
少しでもみなさんの
お役に立てることを
願っています。
では。
−−−−−−−−−今日の記事はココから![]()
冒頭から、「何を言っているんだ?」
そう思われた方も多いかもしれません。
”気分”というのは、自分が感じるものであり
いま気分が悪いのであれば、
それを感じているのは当然”自分”だし
その気分は自分のものだろう。
あるいは、その気分の悪さの原因は
他者にある、というのならわかるけど・・・
そんな風に思われたかもしれませんね。
私が言っているのは、
あなたの気分の悪さの原因が他者にある
という話ではありません。
では、どういうことなのか?
私が言いたいのは、
あなたが感じている気分の悪さ
それを感じて
怒ったり、苦しんだり、悲しんだりしているもの
それは”本当のあなた”ではなく、”エゴ(自我)”のほうだ
ということが言いたいのです。
これまでもこのブログで何度も説明してきた通り
エゴ(自我)自身は、もちろんあなたの一部です。
ですが、エゴ(自我)は冷静に日常的なルーチンを
こなしているときはいいのですが
感情的になり、暴走している場合は
いわゆる「我を忘れた」状態になり
ただただ、エゴ(自我)自身の思い込みを満たすためだけに
あなたを突き動かそうとするのです。
エゴ(自我)は確かにあなたの一部ではありますが
このように感情的になり暴走しているときのエゴ(自我)は
文字通り「我を忘れた」状態であり、
もはや、”あなた”とは言えない状態なのです。
では、この気分の悪さは誰のものなのか?
それは暴走した”エゴ(自我)”のものです。
エゴ(自我)はあなたの一部ですが
暴走したエゴ(自我)は”あなた”とは別物です。
でも、こういった話はあまり一般的には共有されていません。
また、暴走したエゴ(自我)に突き動かされたとは言え
それに応じた行動をしたあなたのボディはこの世に一つですから、
その行動がもし法に触れるものだとすれば、
その罪は、冷静なときのエゴ(自我)や
本当の自分が同居する
”あなた”が背負うことになるのです。
「自分じゃない! エゴ(自我)がやったんだ!」
「エゴ(自我)に操られたんだ!」
その通りなのですが、そういう主張は法的には認められないのです。。
でもこういうことを、人間は大昔から気付いてはいたようなのです。
それが、「罪を憎んで人を憎まず」という言葉です。
おそらくこれは、ここで私が説明したようなことが
ずっと昔から実は気づかれていたという証拠なのではないか、
私はそう考えています。
それはさておき
とにかく、エゴ(自我)が感じてあなたを突き動かす
気分の悪さに翻弄されてはいけません。
でもこれは、普通の人間にはかなり難しいことなのです。
ではどうすればよいのか?
エゴ(自我)に突き動かされるのを防ぐためには
ただ一つ、日ごろから”本当の自分”に出来るだけアクセスして
その声を聴くように努めることです。
ただし、独りで実践するのは難しいかもしれません。
あなたをサポートするための情報を
私の公式ブログでご紹介しておきます。
よろしければご覧ください。
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