大文字バースともうします。

お読みいただきありがとう

ございます。

自分のこれまでの経験が

少しでもみなさんの

お役に立てることを

願っています。

では。

−−−−−−−−−今日の記事はココからニコニコ

 

何度か書いてきたことですが、

人間の中には二人の自分がいます。

(1)本当の自分

(2)エゴ(自我)

の二人です。

 

ややこしいのは、

(1)の本当の自分に対して、

(2)のエゴ(自我)も偽りの自分

というわけではなく

確かに自分自身である

という点です。

 

「本当」と「偽り」ということであれば

偽りのほうは、間違いなのだから

無視して、あるいは棄て去って

生きればよいのですが、

すでに書いたように

(2)のエゴ(自我)も確かに

自分なのです。

 

これが人生を生きづらくしている

と言っても、言い過ぎでは

ないのかもしれません。

 

神の設計したこの世では

人間は、

(1)本当の自分

(2)エゴ(自我)

を抱えて生きていかねば

ならないのです。

 

 

その設定からして

二人の「自分」は

ずいぶん異なっています。

 

(1)本当の自分は、生まれたときから

備わっている、先天的なあなたの本質であり、

(2)エゴ(自我)は、生まれて以降に

形成していく、後天的な自分です。

 

最初(1)の自分しかないときは

あなたは良い意味で、

ボンヤリしています。

 

我や欲といったものはなく、

ただそこに存在している。

言い換えれば、完成されたものとしての

余裕というか、ただそこにいる

それだけで、すでに完成されている。

そんな感じでそこに生きています。

 

そして、少しずつ周りの人間や

それも含んだ環境と

やり取りをしていく中で

不足や不備や

それを満たしたいという欲

などといった価値観を

獲得していくのです。

 

それも神の設定であると言えば

確かにそうだと思いますが

一方で、

エゴ(自我)も自分であるという認識のもと

二人の自分を抱えて

どう生きていくのか?

それが、人生を生きていくうえで

誰にも与えられた共通の問いであり

そこで出した答えが、

それぞれの人生である、

とも言えるでしょう。

 

記事のタイトルには

「価値観のためにではなく」

と書きましたが、

価値観を獲得し、

それに翻弄されて生きるのが

まさに人間の人生そのものとも

言えるのです。

 

二人の自分、どちらもを認めながら

それらとともに生きる

そういう生き方が

より明確に求められる時代

それが「風の時代」なのではないでしょうか?


あなたらしい生き方を通して

風の時代を生きてください。


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