魚の数え方。匹なのか尾なのかという件、ここでは雑誌記事に合わせて尾とします。

さて本題。
シロギス投げ釣り4時間230尾❗

なんじゃそりゃー❗( ゚д゚)
ってなりますよ。だって僕が行くとだいたい半日釣っても良くて30〜40尾。
今から43年前の1980年、第3回東西選抜投げ釣り40人の会で一体何が有ったのか?
それでは見てみましょう。

月刊フィッシング1980年9月号表紙

今回は初の日本海側開催。
場所は福井市越前・三里ケ浜。
魚影の濃さは随一。
今大会で釣れたキスの総数3,480尾!
参加者44人で割ると、一人平均79尾!

写真右が今回優勝の河西美次氏(西湘サーフ)
写真左が2位の塩田淳氏(徳島セントラルサーフ)

いずれもこの頃を代表する屈指の強豪。
河西氏は遠投派で170m飛ばす東の雄。
塩田氏は阿波釣法で知られる西の雄。

大会成績↓
1R120尾、2R110尾、計230尾で河西氏が優勝。
当日は高須川から濁り水が流れ込んでいて、川を挟んで右岸と左岸で大きく差が出たとのこと。
表をよく見ると同数2位の山口氏、2Rはなんと2時間で143尾も釣り上げている😱
塩田氏の128尾にも驚嘆😲

河西美次氏のレポート

河西氏は会場の一番右端に入り、他の選手に背を向けた。
他の選手が視界に入ると集中力が削がれるという理由だったが、結果的に正面プラス右側の広い範囲を釣ることができたのが勝因のひとつ。
更に、当日は波打ち際にポイントが有ると見るや得意の遠投を封印。
8本針仕掛けを2つ連結した全長8m近い15本針仕掛けを投げ、波打ち際を斜めに引くという関西勢顔負けの芸当で数を稼いだ。

表彰式の様子と協賛各社。
意外にもオリムピックとダイワが無い。
何でだろ?

出場選手タックル一覧・東22名
3回目を迎えて東西の垣根が無くなってきたようでも、やはりタックルには「投げの関東」という特徴が。
竿はオリムピックF1、リールはプロスカイヤー7スーパーノーズ、錘は25〜27号が多い。
投げる!ということへのこだわりが根強いんでしょうね。

出場選手タックル一覧・西22名
関西勢はというとオリムピックF1は一人もいなくて、それどころかシマノ初代サーフリーダー、リョービ煌スーパーライト等、振り出し竿の人も。リールはプロスカイヤー7スーパーノーズ。錘は20号が多い。
前回の大会で遠投の重要性は分かっていても、一朝一夕にはモノにしにくいのかなあ。


〜第1回から第3回を振り返って思うこと〜

置き竿で待つのが普通だった関東勢は、早い速度で仕掛けを引いてもキスが掛かる関西勢の釣り方に驚き、元々の遠投という武器に関西勢の一投多魚方式を加え、オールラウンドかつ最強のスタイルを確立させたと言えます。
この日、河西氏が見せてくれたものがまさしくそれで、戦後に発展した投げ釣りが30年かかってたどり着いた一つの到達点だったのではないかと思うわけです。

あれから40年。40人の会は100人の会へと変わり、シマノジャパンカップ等の新たな大会も生まれ、投げ釣り界で隆盛を極めたオリムピックもリョービも残念ながら姿を消しました。
投げ釣り不人気が囁かれる昨今ですが、昔の熱い想いに触れつつ、日本独自に発展した投げ釣りという文化を絶やさないようにしたいものです。

長文だなぁ。読んでくれる人いるんだろうか?