ああ、タイトルからして恥ずかしい。私は、いくら何でも62にもなる。
勿論、夢や理想を語る年齢でもない。私は、この歳にもなって、
小学生が「勉強しないでテストで100点取れないかなァ」、とか、
「宝くじで1億円当たらないかな」、と同レベルのことを考えてるの
だろうか。ふつう、こんなこと言ったら、「いくら、何でも遅すぎるよ!」
と一蹴されて終わりだろうか。でも、いたわってやってくれよ。何歳
なったって、どんな境遇になろうと、自分のこころ、ってやつからは
逃げられないんだぜ。それとも、私の理想は感傷的なものに過ぎない
のだろうか。気持ちの問題だけなのだろうか。今迄、散々ブログに
書いたことだが、私は、小さい頃から、思い切り過保護に育てられ、
弱輩の頃は大変我儘なやつだったのだ。ただ、毎日、ちゃらんぽらん頭
持て余し、その日その日、面白おかしく暮らしてただけで、人の和とか絆
なんて、まるで概念の外だった。当然、私は、どこに行っても、まわりの
やつらから、まともに相手にしてもらえなかった。はやい話しが、私は、
どこに行っても、イジメに遭っていたのだ。いや、イジメと云う言葉遣い
からして、私はイヤだ。男として面白くねえぜ。せめて、ハラスメントとか、
他に言い方変えてくれ。被害者無防備とか、もっと、ましな言い方あるだろう?
おれは、強くねえのに、どうやって暴力に立ち向かえというんだ。
私は、むかしのトラウマが未だに強いのだ。私は、現在、この歳になっても、
例えば、こわもてキャラの人物から、呼び出し喰らうとか、タイマン挑まれたら
(この言葉遣いもチンピラの言い方だけどね)、「何だ、この野郎!!」と、勇気
が出て、堂々、立ち向かってゆくキャラになりてえよ。所詮、夢のまた夢だよな。
勇気なんて、出そうと思って出せるもんじゃねえんだよな。
私は、86年(昭和61年)に、漸く、病気が治り、その頃から、やっと真面目に
働き出し、私は毎日汗水流して仕事して、今年でキャリア35年である。
私は、86年頃から、「自分の根性というものに、常に誠実であればいいんだ、
それを、一つ一つ堅実に積んでゆけば、よわむしの私も、いつかは勇気者に
なれるんだ。」という考えが育つようになった。
ところが、昭和が終り、平成も約30年で終わり、時代は令和になり、
私は、相変わらず、臆病者のまんまである。今迄、私なりに努力精進したのは
何だったのだ。
それに、ひきかえ、レスラーに前田日明ってのがいるが、彼は、レスラーに
なる前は、夜の歓楽外に、ケンカの相手を探しに行ったらしいな。本人自ら
タイマンの相手を見つけに行ったとは、いい度胸のやつもいるものだ。
私も生まれ変わったら、戦闘能力を人並みに持ち、しかも、高い戦闘能力
持ちたいもんだね。でも、原則的には、やはり、平和が一番であり、争いは
なければ、越したことはないのだが、自分勝手さが目に余る人物は我慢
なんないし、軽べつには耐えられないよ、まったく。にんげんよ、誰もが誠実
であろうぜ。誰もが、真・善・美に則った生き方すればいいんだ。卑劣、悪質な
ふるまいはやめようぜ。生産的・建設的なことばかりして、破壊的なことは
慎もう。そうしたら、勇気ってやつは、誰にでも、いくらでも備わるさ。