78年、ピンクレディー、アリスが一世風靡していた頃
でした。僕は食品会社の臨時従業員を一年程しており
ました。僕は躁病(?)になりかかったことあります・・(?)。
僕は就学生の頃、内気で体も未熟だったということは
いままで何回も書きました。僕は当然外出する時は
単独行動が殆どであることは言うまでもないと思います。
斯くして僕は口の聞き方を知らない人物に頻繁に遭遇
することと相成るのでした。
まあ、ヤジとか今でいうモンスタークレイマーとかね。
僕も当然、就学生の頃から「オリもケンカつよくなれんもん
かいなー」と考え、ひとと協調性も持つこととか、まわりのやつ
や世間のひとたちと連帯意識持つようにしようという、まともな
ことは考える由もなく、当時地元の市の体育館にへたな柔道、
空手習いに行くとか僕なりに一生懸命だったんですがネ。
藤子不二雄・A氏の「魔太郎がくる」なんて愛読書でしたなぁ。
僕は、前述78年秋の始め、勤務時間がいつもより早く
終わったのでお昼過ぎうちに戻ろうと地下鉄の駅に向かって
歩いておりました。 ・・ある事がきっかけでなんだか急に頭が徐々に熱くなって
くるもの感じました・・。僕はやがて電車乗りうちに着きました。
うちは誰もおらず、僕は部屋でくつろいでました。ぼくはいままでの
トラウマ思いだすと、ただ小さく縮こまってるしか無かったの
ですが、なぜかその日はニヤニヤ嗤いが込み上げてきました。
もう、なんだか知らないけどメチャクチャに強気がほとばしって
きました。自己暗示とかそういうものでもないと思うけド・・。
僕は、あまりにも上機嫌の余り、街に散歩にブラリと出ました。
とにかく闘志がみなぎってどうにもならなかった。
「おれに野次飛ばしてくる奴、急にワケもなくケンカ腰になって
くる奴、いくらでも来い、大歓迎だぜ・・ いまのおれだったら
そういう輩は徹底的に無視するだけ無視し、馬鹿にするだけ
馬鹿に仕切ってやる自信が絶対あるぞ、所詮そういう奴等は
その程度の奴等だ・・ 」
だけど、やっぱり、そーいう時に限って大人気ないひとに
出喰わすということはないですナ。 (笑) ぼくはひとまわり
歩くとうち戻りました。
夜、両親がうちに帰ってきました。ぼくは「父さん、母さん、
たいへんだ、たいへんだよ、僕は何だか霊魂が宿っちゃた
みたいだヨ・・ これこれしかじか・・」
僕は、明日父に病院に急患で連れてってもらうことに
しました・・。 次の日早朝父が病院に電話し、母はバイト先に
急患のため今日は無出勤を許可してもらい、ぼくはお昼前
出発しました。ぼくの主治医の先生の方はフムフムと
聞いて下さり、注射一本うってあげるね、と言いうって
もらったけど、そのあと、ぼくはものすごく苦しくなりました。
ぼくは父にそれを訴えると、父が先生に言い先生は、まあ、
こっち来なさい・・と、また、もう一本うって頂きました。
ぼくは、ぐったりとなり病院のベッドで寝ました。寝たというより
気絶したのかな・・ 父は一件落着したようなので、先に
帰りました。ぼくが目を覚ました時は、もう夕方であり
外来の時間は終わってて、医師も看護士(婦)も、他の
外来の患者さんの方々も誰一人おらず、夕焼け空の優しい
光が、テラスからおだやかに射しておりました。
ぼくは、もとのぼくにもどって、ひとりで帰りましたとさ。
あのときの僕は、あのままだと、やがて「俺はナポレオンだ、とか、
わたしは釈迦の生まれ変わりだ」とか言いだしてたのかな。