コンクールへの参加者の控え室は緊張の空気が漂っていた。
私は仁君に貰った指輪をこっそりネックレスに通し、シャツの下に身につけていた。
きっと大丈夫、自分らしく弾ける。
とにかく集中出来るように、今までの練習の事を考えていた。
本番、不思議と手は震えず舞台からの景色に怖じ気づく事もなく、
まるで学校の練習室で一人、練習している様な感覚に襲われた。
第一次予選、通過。
翌日の二次予選も冷静に演奏が出来、無事に本選に進む事になった。
本選は一ヶ月後。
その間にいかに練習出来るかが大事だと奥山さんに言われた。
奥山さんはこの大会で優勝経験があるので、色々とアドバイスをしてもらえたけれど、
推薦入試の前で奥山さんも練習と勉強が忙しかった。
仁君からは、週に一度だけ電話が必ずあった。
私の練習の邪魔をしたくないから、といつもすぐに切られちゃうけど、声が聞けただけで嬉しかった。
椿ちゃんと海君は夏を利用して海外ロケにあちこち出かけていて、
殆ど会う事がなかった。
蝉の声が耳につく暑い夏を、チェロのケースを抱えて学校へ通い、部活と個人の練習に励んだ。
時々加奈っちと図書館で宿題をして、息抜きにアイスを食べるのが楽しみだった。
何となく、まだ加奈っちには仁君の事が言えずに居た。
「ねぇ、松岡君、今頃何してるんだろうね?」
「寝てるんじゃない?もう向こうは真夜中過ぎてるよ。」
「さっすが奈々っち。ちゃんと時差まで調べているとは。」
「ううん、私も知らなかったんだけど、前に電話で仁君から聞いたんだ。」
「え?電話してくれたの?凄いじゃん!!これは脈ありじゃない??」
「う、うん。。。あのね、加奈っち、実は、、」
加奈っちに大まかな話をしたら、加奈っちは興奮気味に立ち上がっていきなり叫んだ。
「もぉ~!!!!!!!!!!!!早く言ってよ!!!!!!!!良かったねぇ、奈々っちぃ~!!」
そう言って私に抱きついて来た加奈っちは、涙ぐんだ目で自分の事のように喜んでくれた。
「ありがとう、、でも、まだ信じられないんだ。」
「そっかぁ、そうだよね、そんな事があってもう翌日から会えて無いんだもんね。。なんか、切ないね。」
「うん、でもいいの。多分、私達は今人生できっと凄く大切な時期に居て、今会える状況にいたら、私は仁君の存在に甘えてしまうと思う。今はこの距離がお互いにとって、大事なんだと思う。」
「ふっふっふ。そんな大人な事を言うなんて、愛されている余裕から出る台詞だね。奈々っち~!」
「そ、そかな?」
「そーだよ!あ~、高二の二度と戻らぬ夏、恋人は遠く異国の地、でも二人の心は一番近い所にある。な~んか、すっごいドラマ!現実にこんな事あるなんて、さいこー!」
加奈っちは満面の笑みでベンチの登り、そこから思いっきりジャンプした。
「あ、奈々っち、奥山さんの事はどうなったの?」
「それが、、」
実は、奥山さんにはコンクール予選が終わった後に話していた。彼女のふり、もう出来ないって。
奥山さんは凄く喜んでくれたし、私の事は人に聞かれたら誤解の無いように話してくれると約束してくれた。
私は自分で申し出たのに、中途半端な事をしてしまった自分に落ち込んでいたけど、
奥山さんはその場をふりで楽に誤摩化そうとした自分が悪いからと、言って笑った。
そして、約束通りレッスンはしてくれると言うので、お断りしたけれど、結局お願いする事になった。
「奥山さんって、凄い大人だね。何か、私達と一年しか違わないのに。私達も後一年したらそんな感じになるのかなぁ?」
「う~ん、奥山さんみたいには、私はきっとずっとなれない気がする。」
本当にそう思った。見習いたいなって思うけど、私は小さな事で動揺したり、
怖じ気づいたり傷ついたり、きっとこういう所って中々変われない気がする。
その夜仁君から電話があった。
「仁君、昨日は何処か行った?」
「うん、ホストファミリーと市立図書館行って、その後公園でその友達とバスケしたよ。」
「そっかぁ、アメリカの高校生ってやっぱり大きいの?背とか」
「う~ん、人によるけど平均的に皆背は高いかな。」
「何だか不思議、私の知らない仁君が私の知らない国で知らない人と生活してるって。」
「ん、でも何も変わらない。変わろうともがいでも、そこにいるのはいつもの自分で、結局何処にいっても自分からは逃げられないというか。」
「仁君は変わる必要ないじゃない、そのままが一番かっこいいんだもん」
「ありがとう、でもそういう事じゃないんだ。もっと、自分の人生の先が見たい、もっと自分の力で何か動かしたい。」
「私達、二人とも苦戦中だね。」
「だな。でも、こういのって絶対通る道なんだろうし、逃げないでやるだけの事はやりたい。」
「うん、私も仁君に負けない位頑張るよ。仁君が帰って来たとき、すっごく成長してて、私だけ今のままじゃ釣り合わなくなっちゃうし。そうでなくても、釣り合ってないのに。」
「釣り合ってないってどういうこと?」
「だって、仁君は学校一人気の男子で、私はぱっとしないドジでしょ?」
「他の人がどう俺や奈々子の事を思っているかって、そんなに大事?」
「そんな事ないけど、、」
「俺は奈々子が好きで、奈々子は俺を好きで居てくれる。それでいいと思う。釣り合うとか合わないとか、周りの指針が基準になるような浅はかな気持ちで俺は奈々子と付き合いたくはない。」
「ごめん、仁君。。。私、何か自信なくて、、」
「ごめん、きつい言い方して。でも、俺は奈々子が自信がない理由が分からない。俺にとって奈々子が一番、ってだけじゃ駄目かな?」
「ううん、仁君にそう言ってもらったら、世界一の無敵女子になった気分。ふふふ。ありがとう。」
仁君からの電話を切ると、体の真ん中が凄く熱く感じられた。
仁君が私を想ってくれる気持ち、それだけでこんなに全てがキラキラして見えるなんて、本当凄い。
寝る前に、仁君の気持ちがわかる切っ掛けになった写真を取り出してみた。
あれ以来、何となくお守りのようにそっと閉まっておいた写真。
二人とも小さくて、幼くて、純粋で楽しそう。
裏を見ると下手な字で、仁君のお嫁さんになれますようにと書いてある、そのすぐ下に小さく新しい文が加わっていた。
奈々子とずっと一緒にいられますように。仁。
枕に顔を押し付けて叫び声を押し殺しながら、足をじたばたさせた。
高二の夏は、仁君と一緒にいられないのに最高に輝いていて、勉強も練習も今までにないぐらい集中して出来た。
気がついたら夏休みも終わり、新学期。コンクールの本選が迫っていた。
仁君の出発前日、また家族で集まる事になった。
久々に家で集まる事になり、前日は練習に明け暮れていたので夜は私の部屋の掃除で朝はまた寝坊した。
仁君のお母さんは料理が上手で、椿ちゃんの両親は凄く美味しいケータリングを知っていて、
家は食べきれない程の食べ物で溢れかえっていた。
大人達は昼からダイニングで大宴会、子供達はリビングで食べたり話したり、映画を見たり。
仁君も、椿ちゃんも、海君も、ちびちゃん達も、私も誰も仁君の旅立ちに着いてふれなかった。
何だか、話したら本当になっちゃう気がして、誰も言い出せなかった。
一年だと分かってるのに、大げさかも知れない。
でも、17歳の一年は、とても長く感じられた。
「ごめん、仁君。私、今日3時から仕事だからもう行かないと。」
椿ちゃんがそう言うと、椿ちゃんのお母さんが言った。
「椿、ちゃんとさよならの挨拶しなさいよ」
何となく皆の間に重い空気が流れた。
「はぁ、やっぱりね。仁君、このまま普通にバイバイした方がいいと思ったんだけどなぁ。寂しくなるから、最後のハグだけして行くね。時々メールとか頂戴ね。」
「ん。ありがとう。」
椿ちゃんが仁君にハグをしながら、耳元で何かつぶやいた。
「分かった。ありがとう。」
仁君がそういうと、椿ちゃんは小さくガッツポーズをして皆に投げキスをして家を出て行った。
海君も仕事だからと出て行く時、泣き出してしまい大変だった。
ちび達がテレビでアニメを見始めて、大人が出来上がってるのに更に盛り上がって来た頃、
私達は何となく何も話せずに居た。
「奈々、本なんかない?今日何も持って来てないから。」
「あ、私の部屋にあるよ。見に来る?」
仁君が私の部屋に最後に来たのは泊まりに来たあの夜、海君の侵入を泥棒と間違えて私の部屋にきた時以来。凄く顔が近くにきて、ドキドキした気持ちが急に思い出されて何だかそわそわした。
「枕元にある本、どれでもいいよ。もう全部読んでるから。あ、でも仁君好きな本、あるかなぁ。」
「適当に見るよ、ありがとう。」
仁君が本を選んでいる間、私は机に向かって何となく座って、ぼーっとカレンダーを眺めていた。
明日、仁君はアメリカで、明後日、私はコンクール。
「奈々、これ、、、」
仁君の言葉に振り返ると、仁君の手には『我が輩は猫である』と一枚の写真。
「何?何だっけ、それ?」
見るとそれは仁君と私の小さいときの写真で、後ろには。。
「あーーー!!!違うの、それは!違うの!見、見、見た?見てない?」
「ごめん、見た。」
ぎゃーーーーーー!!!!!一気に顔が完熟トマトより真っ赤になるのが分かった。
この写真、大事に閉まっていたの、最近忙しくてすっかり忘れてた。しかも、写真の裏には仁君のお嫁さんになれますように、と書いてあった。
「違うの!これ、ほら、小さい時に、だから、、」
「今は違う、って事?」
「いや、違う訳じゃないけど、でも、、、」
どうしたらいいの?こんなダイレクトなもの見つかったら、私はもう一巻の終わり。。。
「違わないってことは、今もそう思ってるって事?」
「う、、、仁君、それ以上聞くの辞めて。。。」
「どうして?」
「だって、私、どうしたらいいの。」
「質問に答えてくれたらいいんじゃない?」
「それは出来ない。絶対無理。わ、私達可愛かったね~」
「で、今もそう思ってる?」
「仁君、、、、乙女心が通じない人なのね。。。」
「で?」
「、、、はい、ご、ごめんね」
「思ってるって事?」
「う、、、うん。」
急に恥ずかしさの余り耳が燃えそうに暑くなるのを感じて、涙が出てきそうだった。
「いつから?」
「え?そこまで言わないと駄目?」
「うん。いつから?」
「ごめんなさい。。。。3歳から。。。」
「3歳のいつから?」
「本当に勘弁して、、、、。か、仮面ライダーショウの時からです。ごめんなさい。」
「俺の勝ち。」
え?顔を上げると仁君が私を抱きしめていた。ぎゅっと強く、力一杯。
「俺は、その2週間前、奈々子に初めて会った時からずっと好きだった。」
「え?何言ってるの?じ、仁君、わ、わ、、」
「奈々子の事ずっと好きだった。14年間ずっと。」
信じられない状況に何を言ったら良いのか分からなくて頭が真っ白になった。
仁君が、私の事を好きだったって、しかも3歳から?私みたいに?
「ど、ど、どうして今まで言ってくれなかったの?」
「情けないけど、自信がなかった。言って駄目だった時、奈々子と会えなくなる気がして言えなかった。ごめん。」
「ほ、本当にごめんじゃ済まされない!私、ずっと片思いで、勝手に片思いで、、」
嬉しさと安心と幸福感から涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
「奈々子、ごめん、泣くなよ。」
私のぼろぼろの顔をTシャツを捲し上げてふいてくれた仁君を、改めて見た。
私の事をずっと好きでいてくれた仁君を。
「仁君、本当に、ほんとに。。」
「うん、本当に本当に。今までも好きだったし、これからもずっと好きだよ。」
こんなに泣いたの生まれて初めてかもしれないというぐらい涙が止まらなかった。
仁君は困った顔をしながら、優しく私を抱き寄せてただ涙を拭いてくれた。
出発前夜、仁君の両親が帰ると言った時には、私のぼろぼろの顔もそこそこに戻り、
その代わり仁君のTシャツは妙によれていて、ちょっと可笑しかった。
私は階段から玄関を出て行く仁君を見送った。空港には行かない約束をした。
メールもするし、手紙も電話もしてくれる約束をした。
そして、部屋を出る前に今度は凄く優しい、長いキスをした。
全ての事が浮き足立つ夢の出来事のようで、寝て起きたら嘘でしたってなりそうで怖かった。
でも、起きた次の日の朝、ポストに入っていた手紙で急に現実だと信じられた。
手紙には小さな指輪と短い手紙。
仁君からだった。指輪はピンキーリング。可愛い指輪。大好き!
大好き、仁君。大好き、全部全部大好き!
空に掛かる飛行機雲を見て、仁君に叫びたい気持ちになった。大好き!って。
久々に家で集まる事になり、前日は練習に明け暮れていたので夜は私の部屋の掃除で朝はまた寝坊した。
仁君のお母さんは料理が上手で、椿ちゃんの両親は凄く美味しいケータリングを知っていて、
家は食べきれない程の食べ物で溢れかえっていた。
大人達は昼からダイニングで大宴会、子供達はリビングで食べたり話したり、映画を見たり。
仁君も、椿ちゃんも、海君も、ちびちゃん達も、私も誰も仁君の旅立ちに着いてふれなかった。
何だか、話したら本当になっちゃう気がして、誰も言い出せなかった。
一年だと分かってるのに、大げさかも知れない。
でも、17歳の一年は、とても長く感じられた。
「ごめん、仁君。私、今日3時から仕事だからもう行かないと。」
椿ちゃんがそう言うと、椿ちゃんのお母さんが言った。
「椿、ちゃんとさよならの挨拶しなさいよ」
何となく皆の間に重い空気が流れた。
「はぁ、やっぱりね。仁君、このまま普通にバイバイした方がいいと思ったんだけどなぁ。寂しくなるから、最後のハグだけして行くね。時々メールとか頂戴ね。」
「ん。ありがとう。」
椿ちゃんが仁君にハグをしながら、耳元で何かつぶやいた。
「分かった。ありがとう。」
仁君がそういうと、椿ちゃんは小さくガッツポーズをして皆に投げキスをして家を出て行った。
海君も仕事だからと出て行く時、泣き出してしまい大変だった。
ちび達がテレビでアニメを見始めて、大人が出来上がってるのに更に盛り上がって来た頃、
私達は何となく何も話せずに居た。
「奈々、本なんかない?今日何も持って来てないから。」
「あ、私の部屋にあるよ。見に来る?」
仁君が私の部屋に最後に来たのは泊まりに来たあの夜、海君の侵入を泥棒と間違えて私の部屋にきた時以来。凄く顔が近くにきて、ドキドキした気持ちが急に思い出されて何だかそわそわした。
「枕元にある本、どれでもいいよ。もう全部読んでるから。あ、でも仁君好きな本、あるかなぁ。」
「適当に見るよ、ありがとう。」
仁君が本を選んでいる間、私は机に向かって何となく座って、ぼーっとカレンダーを眺めていた。
明日、仁君はアメリカで、明後日、私はコンクール。
「奈々、これ、、、」
仁君の言葉に振り返ると、仁君の手には『我が輩は猫である』と一枚の写真。
「何?何だっけ、それ?」
見るとそれは仁君と私の小さいときの写真で、後ろには。。
「あーーー!!!違うの、それは!違うの!見、見、見た?見てない?」
「ごめん、見た。」
ぎゃーーーーーー!!!!!一気に顔が完熟トマトより真っ赤になるのが分かった。
この写真、大事に閉まっていたの、最近忙しくてすっかり忘れてた。しかも、写真の裏には仁君のお嫁さんになれますように、と書いてあった。
「違うの!これ、ほら、小さい時に、だから、、」
「今は違う、って事?」
「いや、違う訳じゃないけど、でも、、、」
どうしたらいいの?こんなダイレクトなもの見つかったら、私はもう一巻の終わり。。。
「違わないってことは、今もそう思ってるって事?」
「う、、、仁君、それ以上聞くの辞めて。。。」
「どうして?」
「だって、私、どうしたらいいの。」
「質問に答えてくれたらいいんじゃない?」
「それは出来ない。絶対無理。わ、私達可愛かったね~」
「で、今もそう思ってる?」
「仁君、、、、乙女心が通じない人なのね。。。」
「で?」
「、、、はい、ご、ごめんね」
「思ってるって事?」
「う、、、うん。」
急に恥ずかしさの余り耳が燃えそうに暑くなるのを感じて、涙が出てきそうだった。
「いつから?」
「え?そこまで言わないと駄目?」
「うん。いつから?」
「ごめんなさい。。。。3歳から。。。」
「3歳のいつから?」
「本当に勘弁して、、、、。か、仮面ライダーショウの時からです。ごめんなさい。」
「俺の勝ち。」
え?顔を上げると仁君が私を抱きしめていた。ぎゅっと強く、力一杯。
「俺は、その2週間前、奈々子に初めて会った時からずっと好きだった。」
「え?何言ってるの?じ、仁君、わ、わ、、」
「奈々子の事ずっと好きだった。14年間ずっと。」
信じられない状況に何を言ったら良いのか分からなくて頭が真っ白になった。
仁君が、私の事を好きだったって、しかも3歳から?私みたいに?
「ど、ど、どうして今まで言ってくれなかったの?」
「情けないけど、自信がなかった。言って駄目だった時、奈々子と会えなくなる気がして言えなかった。ごめん。」
「ほ、本当にごめんじゃ済まされない!私、ずっと片思いで、勝手に片思いで、、」
嬉しさと安心と幸福感から涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
「奈々子、ごめん、泣くなよ。」
私のぼろぼろの顔をTシャツを捲し上げてふいてくれた仁君を、改めて見た。
私の事をずっと好きでいてくれた仁君を。
「仁君、本当に、ほんとに。。」
「うん、本当に本当に。今までも好きだったし、これからもずっと好きだよ。」
こんなに泣いたの生まれて初めてかもしれないというぐらい涙が止まらなかった。
仁君は困った顔をしながら、優しく私を抱き寄せてただ涙を拭いてくれた。
出発前夜、仁君の両親が帰ると言った時には、私のぼろぼろの顔もそこそこに戻り、
その代わり仁君のTシャツは妙によれていて、ちょっと可笑しかった。
私は階段から玄関を出て行く仁君を見送った。空港には行かない約束をした。
メールもするし、手紙も電話もしてくれる約束をした。
そして、部屋を出る前に今度は凄く優しい、長いキスをした。
全ての事が浮き足立つ夢の出来事のようで、寝て起きたら嘘でしたってなりそうで怖かった。
でも、起きた次の日の朝、ポストに入っていた手紙で急に現実だと信じられた。
手紙には小さな指輪と短い手紙。
仁君からだった。指輪はピンキーリング。可愛い指輪。大好き!
大好き、仁君。大好き、全部全部大好き!
空に掛かる飛行機雲を見て、仁君に叫びたい気持ちになった。大好き!って。
仁君達のバスケ部は地区優勝をした。
若高は奥山さん一人で得点を決めていたけど、
決勝戦で海君と、特に仁君の凄い当たりで惨敗に近い形で終わった。
奥山さんは、終わって清々しい気持ちだと言っていたけど、
仁君達のプレーの荒々しさには驚いた様子だった。
私達の吹奏楽部はオケ部門で金賞を飾り、先輩達を送り出し、
二年の私達が後輩を引っ張って行く番となった。
でも、私は7月の初コンクールに向けて昼休みも、休み時間の10分も練習室を借りて必死に練習していた。
奥山さんとは相変わらず金曜日にチェロの話をしながら帰り、
週末も学校の練習室を借りてとにかく練習した。
こんなにチェロに向き合ったのは初めてだったからかな、凄く充実していて
時間があっという間に過ぎて行った。
気がついたらコンクール前日。気がついたら仁君達が全国で優勝をしていた。
試合も見ていなければ、仁君には会っていなかった。
今年から夏の大会に移行になり、暑い中バスケをしていた部員達はクラスでは凄く疲れて見えた。
仁君も、きっと疲れてる。でも頑張ってる。
私はそれを、勝手に原動力に変えて練習に励んできた。でも、怖かった。
前日の夜、雲が少し掛かった満月を部屋からぼーっと眺めていた。眠れない。
何だかムキになて練習して来たけど、本当に通用する程上達したのかな。
第一次予選、どうか通りますように。8月にある全日コンクールに向けて、このコンクールの結果で自信につなげたい。怖いけど、怖さより何か綺麗な紙に包まれたプレゼントを、
目の前にした時の気持ちに似た感情が心を支配していた。
ーーーーーー第一次予選
緊張で震える手を押さえるのが大変だった。
両親には見に来ないでと頼み込み、一人で来ていた。
あ~、次の次だ。どうしよう。。皆、凄く上手い。
ハンカチが手放せなくて、震えていると奥山さんが楽屋に入って来た。
楽屋が一瞬ざわめいた。皆、チェロ奏者だから知ってるんだ。
「奈々子ちゃん、どう?緊張してるでしょ?」
「は、はい。どうしよう、震えが止まらなくて。」
情けない顔をする私に奥山さんが耳打ちをした。
「さっき、会場を裏から見たけど、多分、奈々子ちゃんが今一番チェロを聴いて欲しい相手が一人で一番遠くの席に座ってる。」
「え?じ、仁君?」
私が聞き返すと奥山さんは優しく微笑んで頷き、私の肩をぽんと叩いて言った。
「その人の事を想って、その人の心に届く音を出せたら、結果はどうでも成功だと思う。」
ずっと会ってなかった仁君、私は試合も見に行ってないのに、私のコンクールには来てくれてる。
しかも一人で、私のチェロを聴きに。
急に緊張の糸が解けたような気がした。
舞台に上がると客席は薄暗いのに、仁君はすぐに見つけられた。急に家にいるような気持ちになった。
仁君、私も頑張ってるから、留学頑張って来てね。
心の中で仁君の明るいキラキラした未来を思い描きながら弾いた。気がついたら拍手を貰っていて、
自分が演奏を終えた事に気がついた。
「奈々子ちゃん、鳥肌たった。完璧に届いてたと思う。」
予選結果は同日すぐに発表され、第二次予選、そして本選へと進んだ。
本選でも奥山さんから仁君が来ている事を知らされた。第二次予選も来てくれていた。
でも、仁君に会うとコンクールの事は何も言われなかった。
本選の結果が出た夕方、私は第二位に入選した。第一位は有名な先生の第一教え子。凄く上手かった。
私は優勝しなかったけど、結果に凄く満足していた。
奥山さんにもとても褒められて、嬉しかった。仁君に結果を教えようかな、どうしよう。
迷っていたら久々の三家族夕食会があって、私の両親が誇らしげに皆に話した。
皆喜んでくれて、仁君も本を読んでいたけど嬉しそうな顔をしているのが分かって、嬉しかった。
そして8月、全日本コンクール前日に、仁君が渡米すると仁君の両親が話していた。
これでいい、17歳の私達はまだ恋以上に大切な未来への舵取りに必死で、
器用に両方こなせる程成熟した精神を持ち合わせていないのだから。
「ねぇ、皆で成田に行かない?第一だったらお店も結構あるし、私空港って好きなんだぁ♪」
椿ちゃんが提案するとすぐに仁君は言った。
「いいよ、俺一人で行くって決めてるから。」
「えぇ、仁兄つれない。あ、でもおじさん達は行くの?」
「いや、仁が一人で行くって言うから。ちび達も空港行きたがってるんだけどね。」
「兄ちゃんは冷たいんだ。せっかく見送ってやるって言ってるのに。」
一番ちびの康太が言った。この兄妹の中で康太が一番口が立った。
「いいよ、一年で帰って来るし。静かな方がいい。」
「兄ちゃん、ちゅばきと奈々姉の事は心配するな。ちゅばきは康太が嫁にもらって、奈々姉は健太が嫁にもらってやるから。な?」
「ありがとね、健太君。早く大きくなってね。」
「おう、10歳の年の差なんて今時珍しくないから安心しろ。億万長者になって楽な生活させてやるよ!」
「何だ康太、奈々姉にはもう彼氏がいるの、知らないのか?」
そう言ったのは健太の双子の弟、颯太だった。
「え?奈々子、あんたお付き合いしている人いるの?」
お、親の前でなんてことを。。
「いない、いない、全然いない!何を言ってるのよ、颯太。そんな話こんな所で。」
「そうよね、この子を嫁にもらいたがってくれるのは健太君ぐらいなものよね。」
私の両親は私のドジを知っているので、いつも早く健太君大きくならないかしらねぇ、と冗談を言っていたけど、私は今それどころじゃない人生の岐路に立っていて、こんな事で嫌な気持ちをしたくない。しかも、仁君の前で。
「あ、そうだ、もうそろそろケーキでも食べよっか?」
慌てて地下の冷蔵庫にケーキを取りに行った。あぁ、キッチンの冷蔵庫に入りきらなくて良かった。
多分、今、私の顔は真っ赤だ。
「手伝うよ。」
入って来たのは仁君だった。
「ありがとう。」
ケーキの箱を出そうとした時、仁君の指先に手が触れてそこから体中を血が巡って行くのを感じた。
「ご、ごめん。」
慌てて引っ込めようとした私の手を取って、仁君は冷蔵庫の扉を閉めた。地下の部屋は急に暗くなり、
階段から漏れる光が仁君の背中を照らしてシルエットだけがはっきりと見えた。
表情が見えない。怒ってる?
「奈々子、本当に奥山と付き合ってるの?」
「え?」
「いや、別にいいんだけど」
「あ、あのね、実はね、違うの。付き合ってないの。本当は。」
「どういう事?」
「うん、実はね。。。」
仁君に事の成り行きを話した。ちゃんと話せたか分からないけど、最後までちゃんと話を黙って聞いてくれた。
「馬鹿みたいよね、でも、奥山さんは凄くいい人だし、私も面倒見てもらうだけじゃ申し訳ないし。誰が傷つく訳でもないし。。。」
「本当、馬鹿みたいだな。」
「うん、馬鹿みたい。。。」
急に何だか泣けて来た。仁君に話していたら、本当馬鹿みたいに思えて来た。好きでもない人と恋人のふりして、馬鹿みたい。でも、奥山さんには本当に助けられているから、お返しが出来てるならそれでいいと思った。
「でも、奈々子らしいかも。」
そう言って私の頭をすっぽりと腕の中に包み込み、ぎゅっと抱きしめられた。
「誰も傷つく訳じゃない、ってのは事実じゃない。俺は、結構傷ついた。」
「え?」
「でもいい。何か奈々子が真剣に音楽に向き合えたのは、実際にあの人のおかげだろうし。奈々子は凄い頑張ってるし。」
「頑張れてるのは、奥山さんのおかげ、だけでもないんだけど。」
「ん?」
私をゆっくりと胸から離して、暗闇の中私の目をじっと見つめる仁君の視線を感じた。
今言わなかったら、きっとずっと言えない。仁君の事、ずっと好きだったって。仁君の為に弾いたって。
「あの、、」
言いかけた時、人が下りて来る気配がしてすぐに私達は離れてドアの方を向いた。
「仁兄?奈々子?手伝おうか?」
やっぱし海君。タイミングが。。。
この夜、仁君と二人きりになる事はなかったけど、仁君は終始穏やかな表情で、
何だか話せた事で私もすっきりとした。
蒸し暑い7月の終わりの夜だった。
若高は奥山さん一人で得点を決めていたけど、
決勝戦で海君と、特に仁君の凄い当たりで惨敗に近い形で終わった。
奥山さんは、終わって清々しい気持ちだと言っていたけど、
仁君達のプレーの荒々しさには驚いた様子だった。
私達の吹奏楽部はオケ部門で金賞を飾り、先輩達を送り出し、
二年の私達が後輩を引っ張って行く番となった。
でも、私は7月の初コンクールに向けて昼休みも、休み時間の10分も練習室を借りて必死に練習していた。
奥山さんとは相変わらず金曜日にチェロの話をしながら帰り、
週末も学校の練習室を借りてとにかく練習した。
こんなにチェロに向き合ったのは初めてだったからかな、凄く充実していて
時間があっという間に過ぎて行った。
気がついたらコンクール前日。気がついたら仁君達が全国で優勝をしていた。
試合も見ていなければ、仁君には会っていなかった。
今年から夏の大会に移行になり、暑い中バスケをしていた部員達はクラスでは凄く疲れて見えた。
仁君も、きっと疲れてる。でも頑張ってる。
私はそれを、勝手に原動力に変えて練習に励んできた。でも、怖かった。
前日の夜、雲が少し掛かった満月を部屋からぼーっと眺めていた。眠れない。
何だかムキになて練習して来たけど、本当に通用する程上達したのかな。
第一次予選、どうか通りますように。8月にある全日コンクールに向けて、このコンクールの結果で自信につなげたい。怖いけど、怖さより何か綺麗な紙に包まれたプレゼントを、
目の前にした時の気持ちに似た感情が心を支配していた。
ーーーーーー第一次予選
緊張で震える手を押さえるのが大変だった。
両親には見に来ないでと頼み込み、一人で来ていた。
あ~、次の次だ。どうしよう。。皆、凄く上手い。
ハンカチが手放せなくて、震えていると奥山さんが楽屋に入って来た。
楽屋が一瞬ざわめいた。皆、チェロ奏者だから知ってるんだ。
「奈々子ちゃん、どう?緊張してるでしょ?」
「は、はい。どうしよう、震えが止まらなくて。」
情けない顔をする私に奥山さんが耳打ちをした。
「さっき、会場を裏から見たけど、多分、奈々子ちゃんが今一番チェロを聴いて欲しい相手が一人で一番遠くの席に座ってる。」
「え?じ、仁君?」
私が聞き返すと奥山さんは優しく微笑んで頷き、私の肩をぽんと叩いて言った。
「その人の事を想って、その人の心に届く音を出せたら、結果はどうでも成功だと思う。」
ずっと会ってなかった仁君、私は試合も見に行ってないのに、私のコンクールには来てくれてる。
しかも一人で、私のチェロを聴きに。
急に緊張の糸が解けたような気がした。
舞台に上がると客席は薄暗いのに、仁君はすぐに見つけられた。急に家にいるような気持ちになった。
仁君、私も頑張ってるから、留学頑張って来てね。
心の中で仁君の明るいキラキラした未来を思い描きながら弾いた。気がついたら拍手を貰っていて、
自分が演奏を終えた事に気がついた。
「奈々子ちゃん、鳥肌たった。完璧に届いてたと思う。」
予選結果は同日すぐに発表され、第二次予選、そして本選へと進んだ。
本選でも奥山さんから仁君が来ている事を知らされた。第二次予選も来てくれていた。
でも、仁君に会うとコンクールの事は何も言われなかった。
本選の結果が出た夕方、私は第二位に入選した。第一位は有名な先生の第一教え子。凄く上手かった。
私は優勝しなかったけど、結果に凄く満足していた。
奥山さんにもとても褒められて、嬉しかった。仁君に結果を教えようかな、どうしよう。
迷っていたら久々の三家族夕食会があって、私の両親が誇らしげに皆に話した。
皆喜んでくれて、仁君も本を読んでいたけど嬉しそうな顔をしているのが分かって、嬉しかった。
そして8月、全日本コンクール前日に、仁君が渡米すると仁君の両親が話していた。
これでいい、17歳の私達はまだ恋以上に大切な未来への舵取りに必死で、
器用に両方こなせる程成熟した精神を持ち合わせていないのだから。
「ねぇ、皆で成田に行かない?第一だったらお店も結構あるし、私空港って好きなんだぁ♪」
椿ちゃんが提案するとすぐに仁君は言った。
「いいよ、俺一人で行くって決めてるから。」
「えぇ、仁兄つれない。あ、でもおじさん達は行くの?」
「いや、仁が一人で行くって言うから。ちび達も空港行きたがってるんだけどね。」
「兄ちゃんは冷たいんだ。せっかく見送ってやるって言ってるのに。」
一番ちびの康太が言った。この兄妹の中で康太が一番口が立った。
「いいよ、一年で帰って来るし。静かな方がいい。」
「兄ちゃん、ちゅばきと奈々姉の事は心配するな。ちゅばきは康太が嫁にもらって、奈々姉は健太が嫁にもらってやるから。な?」
「ありがとね、健太君。早く大きくなってね。」
「おう、10歳の年の差なんて今時珍しくないから安心しろ。億万長者になって楽な生活させてやるよ!」
「何だ康太、奈々姉にはもう彼氏がいるの、知らないのか?」
そう言ったのは健太の双子の弟、颯太だった。
「え?奈々子、あんたお付き合いしている人いるの?」
お、親の前でなんてことを。。
「いない、いない、全然いない!何を言ってるのよ、颯太。そんな話こんな所で。」
「そうよね、この子を嫁にもらいたがってくれるのは健太君ぐらいなものよね。」
私の両親は私のドジを知っているので、いつも早く健太君大きくならないかしらねぇ、と冗談を言っていたけど、私は今それどころじゃない人生の岐路に立っていて、こんな事で嫌な気持ちをしたくない。しかも、仁君の前で。
「あ、そうだ、もうそろそろケーキでも食べよっか?」
慌てて地下の冷蔵庫にケーキを取りに行った。あぁ、キッチンの冷蔵庫に入りきらなくて良かった。
多分、今、私の顔は真っ赤だ。
「手伝うよ。」
入って来たのは仁君だった。
「ありがとう。」
ケーキの箱を出そうとした時、仁君の指先に手が触れてそこから体中を血が巡って行くのを感じた。
「ご、ごめん。」
慌てて引っ込めようとした私の手を取って、仁君は冷蔵庫の扉を閉めた。地下の部屋は急に暗くなり、
階段から漏れる光が仁君の背中を照らしてシルエットだけがはっきりと見えた。
表情が見えない。怒ってる?
「奈々子、本当に奥山と付き合ってるの?」
「え?」
「いや、別にいいんだけど」
「あ、あのね、実はね、違うの。付き合ってないの。本当は。」
「どういう事?」
「うん、実はね。。。」
仁君に事の成り行きを話した。ちゃんと話せたか分からないけど、最後までちゃんと話を黙って聞いてくれた。
「馬鹿みたいよね、でも、奥山さんは凄くいい人だし、私も面倒見てもらうだけじゃ申し訳ないし。誰が傷つく訳でもないし。。。」
「本当、馬鹿みたいだな。」
「うん、馬鹿みたい。。。」
急に何だか泣けて来た。仁君に話していたら、本当馬鹿みたいに思えて来た。好きでもない人と恋人のふりして、馬鹿みたい。でも、奥山さんには本当に助けられているから、お返しが出来てるならそれでいいと思った。
「でも、奈々子らしいかも。」
そう言って私の頭をすっぽりと腕の中に包み込み、ぎゅっと抱きしめられた。
「誰も傷つく訳じゃない、ってのは事実じゃない。俺は、結構傷ついた。」
「え?」
「でもいい。何か奈々子が真剣に音楽に向き合えたのは、実際にあの人のおかげだろうし。奈々子は凄い頑張ってるし。」
「頑張れてるのは、奥山さんのおかげ、だけでもないんだけど。」
「ん?」
私をゆっくりと胸から離して、暗闇の中私の目をじっと見つめる仁君の視線を感じた。
今言わなかったら、きっとずっと言えない。仁君の事、ずっと好きだったって。仁君の為に弾いたって。
「あの、、」
言いかけた時、人が下りて来る気配がしてすぐに私達は離れてドアの方を向いた。
「仁兄?奈々子?手伝おうか?」
やっぱし海君。タイミングが。。。
この夜、仁君と二人きりになる事はなかったけど、仁君は終始穏やかな表情で、
何だか話せた事で私もすっきりとした。
蒸し暑い7月の終わりの夜だった。
