本を読む手段について考える | リアル店舗店長の仕事部屋

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本を読む手段について、最近よく考える。

そう、紙の本で読むか電子書籍で読むか?である。

考えるというか迷うというか、悩むというか。。でも、目指す先はどうにかして楽しく読書をしようじゃないか!と自分自身に問いかけているのだからこれは悩みではなく解決に向けて考えているというのが正しいところだろう。(決して読書をしないという考えには至らないという点で前向きなはずだ。)

いきなり脱線するのだが、『紙の本』という言葉はなんなんだろう?米を『白ごはん』というのと同じようにキミが悪く感じるこの感覚は何?まあ、とりあえずどうでもいいか。


で、議題に戻るのだけれど。今の所の大前提として、つまり私の慣習としての前提という意味だが。ここからまとめておこう。


でこんなことだ。

・物理的な紙の本は好きだ

・本屋さんが好きだ(特に大型の)

・隙間時間に本を読むほうだ

・読書メモをとりたい

・(紙の)本にメモをする事は(心理的に)できない

・(紙の、[いちいち面倒くさいな])本のページを折る事は(心理的に)できない。

・本に付箋を貼るのは抵抗がない


そんなふうに本の習慣というものがある。


でだ、別に紙の本と電子書籍のどちらを選ぼうがどうしようが、そもそもどちらかに決めなければいけないなんて誰が決めたんだ?という疑念はさておき。

それぞれに良し悪しやあるいは向き不向きと呼べる部分が存在する。なんて悩ましい話しだ事。。


ところで、電子書籍を読むという部分はもっと深掘りできるのではないか?と考えてしまったからまた厄介なことになった。自分で厄介ごとを作ってしまったのだ。なんてことを!

紙の本はその物ズバリその本を手に取って読むということしかない。当たり前だ。


しかし電子書籍はあるいはKindleはとした時はこうだ、


・Kindleをスマホで読む

・Kindleをタブレットで読む

・Kindleをパソコンで読む


あらまあ、いろいろでてきたねぇ。。


・Kindleをスマホで読む

ちなみに私は大きめのiPhoneを使っているのだが、何せ老眼というものに付き合っているから、Kindleの文字は少し大きめにする。そうすると自ずとiPhone上でのページ数は多くなる。となるとページをめくる回数が増えるという作業過多が起きるのだ。さらにページをめくる回数が増えるという事は、あたかも読書のスピードが上がったかのような錯覚が生じる。実はあまりページは進んでないのにだ。


・Kindleをタブレットで読む

これは1番しっくりくるかもしれない。1ページで読める文字数と文字の大きさを考えると私にとっては最も読みやすい。

問題なのは、そう、デカいことだ。ミニマリストを目指している(そんな大そうなことじゃない、ただ荷物を持ちたくないヒト)私にとってはタブレットは大きすぎるのだ、そして重い。そう言った意味ではiPad mini第6世代は魅力的なんだよな、と考えているが、とても読書だけのためにあの金額をかけることが嫁の感覚で理解してもらえるはずもない。なんてことだ。。


・Kindleをパソコンで読む

これがちょっと曲者で。あのテーブルに置かれた、半分固定れた、パソコンで本を読むという事にどうも不自由さを感じる。持ち運びして好きな時に好きな場所で、寝っ転がりながらでも読める本を、何故に固定して読まされなきゃいけないのか?考えすぎか?いやそんな事はない。ここは考えないと!

なぜかネット記事やブログはパソコンで読める、違和感はない。なのにだ、本だけはそれが許されない。私の中では。そうなのだからしょうがない。


番外編で、極端な話、テレビで本を読む事もできるな。

もちろん正気の沙汰には思えないなと、確実に家族全員からの壮絶な罵声が飛んでくる事は覚悟して取り組まなければならないだろう。(そもそもテレビで本を読むという言葉がきみがわるい。)


 で、

結論はこうだ。

どんな読み方をしようとも、私は本を読むのが好きだ。

そこに変わりはないし今後もいろんな方法で本を読み続けるだろう。


ただしそこに何か問題があるとしたら、それは一つ


『紙の本』って言う呼び方はとても面倒くさい


これが問題だ。