わたしは仕事柄、コミュニティーに関心がある
今の仕事に就く前は、そんなことは気にならず
でも気がつくと、やっぱり意識が向いている

そんなことがあるのかどうなのか
仕事つながりでもある、ゼミの先生から

「温泉とコミュニティー」

の話がきたわけであって、そのことから
このブログを書くことにつながっている
なんだか、不思議なことだなと想った


コミュニティーは、地域に住む人のつながり
普段のあいさつから始まることでもある
そこには、顔を知っている仲間の意識が
少なくともあるのかなと想っている

気に掛け合うこと

昔から今でも、連綿とつながっていること


お風呂って、だいたい同じ時間に行く
そうすると、だいたい同じ顔がそこにいる

たまたまいなかったら...

あの人、どうしたかぇ~

と、心配されてしまう
いえ、気に掛け合っているわけである

子どものころ、父によく言われた

こんち、おはよう、が言えなくて何だ!

まずは、あいさつから始まる
それが地域である

お風呂に入るときは、あの頃も今も
おはようございます と
(そこそこの声で)言ってから入る

お互いに声を掛け合えるつながりは
お風呂だけじゃなくて
普段からあいさつをする仲である


小学生の低学年くらいまでだったか
お風呂に行くと、入れ墨をいれた
同じ地区のおっちゃんがいたりした

あの頃は、それが普通だった

手術の痕が身体に残った人
子どもから聞いたことだけど
病気で乳房を取らざるを得なかった人
這いつくばいながらも入る人
普段では気が付かない姿が
お風呂場にはあった

今から考えれば
「ソーシャルインクルージョン」

一人ひとり違いはあるけど
一人ひとり、同じ地域に住む大切な人

お互いのことを受け入れて、地域になる

お風呂には、そんな空気があった

いまでは、社会に出るようになってから
知るようになることなのかもしれないけど
お風呂では、地域に暮らす一人ひとりが

素の自分を抱えながら、そこで暮らす

だから、人にも、そして、自分にも
優しくなれる素性が、お風呂にはある


子どもの頃のお風呂は、ある意味で
水遊び... というか、お湯で遊ぶ場
ビシャビシャ水をはねるのは
大人になっても、おもしろいと想う

もちろん、ある程度は大目にみられる
でも、他人様に迷惑をかけることはダメ

近所のオッちゃんに怒られる

小僧、何してるんだ、静かに入れ!

この一言で、場面は変わるわけであるが
それと同時に、この場でやっていいこと
そして、やってはいけないことが

お風呂という場所を通して学べた

いや、そう、教育というか、刷り込まれた


共同浴場の脱衣場には
「入浴心得」の看板が掛かっている

いまあるこの看板そのものではないけれど
わたしが小学生の頃から、ずっと
入浴心得はかかっていたと想う





子どもの頃は読むわけでもなく
ただ、そこにあるだけのものだった

でも
あらためて見ると
しっかりと、大切な言葉が並んでいる

本当にそうだよなぁと
このことを、一人ひとりができたならば
世の中もっと住みやすくなるのにな

そう、あの時代は、まだまだ貧しかった
でも、ココロは豊かであったはず
そして、自分ちの子も、よその子も
分け隔てなく、地域が育てた時代
それが普通だった時代

ある意味、そんな時代に子どもでいたこと
いま考えると、よかったのかもしれない


ここまで言葉を並べながら
最後にもうひと言...

「毎日温泉に入れて、シアワセだね」

と、ほかの地域の方に言われることがある
そんな時は、ひねくれ者のわたしは
こんな返しをしてしまうのである

「大変だけど、管理する役員がいる
  そのおかげで、毎日お風呂に入れます」


大変だけど、役を分け合いながら担ってく
それが、地域なんだと想っている


さて…
明日は、共同浴場の春の大掃除の日!!


(2026.3.15)

 

 

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