DelusioN -4ページ目

ぼく

ぼくが僕である限り、もはやそれは普通ではない。

Qさま

元々は深夜枠で(さまーずと優香のあやしいチョメ×2しちゃうぞ!)タイトル通りまさに怪しい内容の番組だった、しかしながら放送ギリギリのラインの内容をさまーずのボケと優香の平凡さでカバーし、バランスをとっていた。 やはり、作家が鈴木おさむだけあって企画に深みがある、タレントと企画がうまくミックスされているので、時代の流れも関係ない番組だ。 時間帯も少しゴールデンを意識した所に移動させ、旬であり実力も兼ね備えた、ロバート、青木さやか、アンタッチャブルをパネラーとして器用している点も抜群である。 その中でもロバートの器用は番組的にもかなり重要であったと思われる、コント芸人からの脱却がキーポイントだ、ロバートのコントセンスはネプチューンの昔を思いでさせてくれる、独特のキャラと言葉のチョイスが最高、しかしながらネプチューンに比べてロバートが劣る点、それはトークセンスだ、この問題はロバートだけではない、現在のお笑いブームと言われているお笑い代5期生すべてに言える問題だと思う、ネプチューンの名倉、ロンブーの敦のような現場でしきれる人間が今後のお笑い界には必要である。 さて本題に戻って、この番組はどうやら形式をクイズ番組にしたらしい、今までの奇妙な内容の企画をそのままクイズにし、そのクイズ自体の審査を行うと言った新しい形である、言わばクイズ審査型バラエティーとでも言うのであろうか。 番組の空気、タレントのチョイス、企画内容すべてが成功である気がする。 唯一、青木さやかのパターンが他の番組とほぼ同じ所が気になる、まぁおもしろいからいいか、あとアンタッチャブルがかなりマッチングしてる気がする、個人的に山崎のノリがクリームシチュウの有田をパックテル所が嫌いなんだけど、まーいいや 絶対生き残る番組。

じーちゃんのせい

「おじいちゃんが来たから押し入れに隠れて!」

これが母親の最期の言葉だった


それからの24年間、僕はずっと押し入れに隠れてる
なぜなら、おじいちゃんがずっとそこに居たから

僕はおじいちゃんが大嫌い
だっておじいちゃんが居なくなれば
僕は自由だから

おじいちゃんはそこにいる

でも

声は24年間聞いた事がない。

高貴な多数

高貴な多数が一斉に筆をもつ。 そりゃすごい。

ランプキック

俺はケリがつけたいんだ

白か黒か

結果だけが気になるんだ

経過なんてどうでもいいんだ

ハヤク

ハヤク

ハヤク

もう我慢できん

もう決着つけてやる

俺が負ければいいんだ

負けてやる

負けて後悔してやる

一生後悔してやる

勝たなきゃいいんだ

相手が勝てばいいんだ

わざと相手に勝たせてあげよう

そうだ

そうしよう


俺は俺と戦っている。

ブログ文化二セスマイル

笑顔だよ
笑ってるさ
幸せだとさ
楽しいだとさ

気持ちわりー

つまんない

社会の種達は。

高速

コピー紙大渋滞。

複製機

ウィーン

ウィーン

ウィーン

しか言えなくて

スキ

キライ

シネ

とか言いたいじゃん?

コピー時代

家族に会いたい
彼女に会いたい
友達に会いたい

時間が欲しい

単純なサイクルは嫌だ

同じ事の繰り返しってやつだよ

時間よ溢れろ

家族はいない
彼女はいない
友達はいない

複製め

スターなコピー

サインならまかせないさい。