【短編】陽の射す場所 | ダイコン作家の本棚

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小説なんかを書いています。土曜日の午前中更新が多いです。
小説と言っても、エチュードに近いですが……。

「敗戦した原因は何だと思いますか?」
「やはり、過去はまぐれだったと言うことですか?」
「老いには勝てない。感じていますか?」
 記者会見のセンターには、中村ハヤトが座っていた。
 人と言うものは、無情なことを平気でする。ハヤトはフラッシュを浴びながら正面を見つめていた。
 ハヤトは表情を変えなかった。
 けれど、人は半歩の差で運命を変えられることも分かっていた。
「あんな結果で情けないと思いますか?」
「みんなの期待を裏切って、反省していますか?」
 ハヤトは自分自身でも驚くほど、無表情だった。もしかすると、自分自身が感じている時間が、目の前に並んだ記者達では感じ取れないのかと思った。
「いろんなことがありましたが、最高の時代でした。今後はゆっくりと後輩の指導にも関わりたいと考えています。ありがとうございました」
 ハヤトが頭を下げている間、無数のフラッシュが光続けた。

 子供の頃は、スポーツをするのが楽しかった。誰かと競い合い、勝って負けてを折り返してスポーツの奥深さを知った。
「日本一になるのは、日本一練習した人だ」
 ある日、ハヤトは少年時代に指導者から教えられた。
 才能とかセンス、ハヤトが知るライバルにはそれに恵まれた人がいた。
「日本一練習を長くしたら、鴨島くんにも勝てますか?」
 訊いたのは、ハヤトの隣にいた友達だった。
「練習時間が長いとか短いじゃないぞ。いかに自分自身を高められたか。それは練習だけが叶えてくれる。強くなりたいなら、強くなる練習を続けることだ」
 指導者は、ハヤトや友人たちが返事出来ないくらいに練習を繰り返させた。
 練習は反復が多かった。反復を伴わない時は、身体と心が乖離する感覚を味わった。
「三分休憩しろ!」
「先生、お話しがあります。こんな練習に意味があるんですか?」
 誰かの質問だった。
「意味が分からないから下手くそなんだろう?つべこべ言わないで練習しろ!」
 しごきが続けられ、三ヶ月で半数が辞めた。
 ハヤトも不満はあった。
 頭で考えると、一から十まで無駄な練習だった。何の意味があると言うのだろう。
しかし不思議なことが起こっていた。
 ハヤトのタイムが三秒も短縮された。
 僅か三秒だと思うことなかれ。この僅か差で、決勝レースにも初めて参加出来た。
 辞めた連中がどこで何をしているのか気にはなった。しかし指導者は、「弱い者が弱い者を慰めてどうする?」笑うばかりだった。
 所属クラスがトップクラスに変わると、ハヤトにはさらなる試練が待ち構えていた。
単調な練習が、さらに増えた。
 もっと高度なテクニックを知りたかった。
 もしも自分がチャンピオンになれた理由があるとしたら、それは間違いなく勝つことに徹したからだ。
 強くなるために、肉体も思考も己も捨てた。

「よかったのか? 反論しなくて……」
 記者会見会場を出ると、マネージャーが言った。
「勝ったのは、俺の肉体に宿った練習と言う奴だよ」
「だからハヤトの言葉を聞きたかったんだろう……」
 欲しい言葉ならわかっていた。
 肉体の限界。恩師との確執。練習不足。所属チームの離脱。
 キーワードなら沢山あった。
 地位と名誉は、世界一の練習が運んで来た。驚くほどの変わりよう。人も環境もなにもかもが変わった。
 もしも自分がまともなら、練習に乗っ取らせた肉体を取り戻したくなる。
 素晴らしい肉体は、自分自身だ。何故に自分が躊躇わないといけない。
 そんな悩みを半年前まで感じていた。
 俺は俺だ。誰にも渡さない。
 しかし、恩師が率いるチームから離脱して、スポーツの愉しさが甦った。
 愉しみたい。子供の頃のようにスポーツを愉しみたい。
 忘れていた感情だった。
 その結果、俺は闘いに負けた。
「後悔はないですよ。清々しいくらいだ」
 嘘ではなかった。
 最後くらいは、好きなままで終わりたかった。
 人生を別けるのは、半歩の違いだと思う。
 自分にも他人にも。
 ただ半歩の違いを埋めるには、沢山の物を捨てなければいけなかった。
「ホントに今までありがとうございました」
 ハヤトは笑顔だった。
 やり切った自負もあった。
 目の前をジュニア選手が横切った。
 愉しさと結果。
 反する目的に、悩んだりした。
 今は全て懐かしい。
 強くなってわかることも強いから見えた次の世界も。
 全ての世界を見たわけではなかった。だけど今はもう次の世界よりも、周りの景色を眺めていたかった。
 弱くなったと批判された。老いたとか臆病になったとも言われた。だけど人は元々そんなに大差があるわけじゃない。
 あるのは、練習できる才能と未来を信じる持続力だった。
 記者会見に集まった全ての人が、ハヤトの見た景色を見たことがなかった。
 今までの自分が自分自身で歩き上り詰めた視界で、ハヤトは見ていた。
「多分、今のチャンピオンが誰よりも苦しんでいるだろう……」
 だけどその苦しみさえ、今のハヤトには想像でしかなかった。
 頂点を掴んだ苦しみは、過去や未来では分からない。まして、掴んだこともなければ……。
 ハヤトは大きなあくびをした。なんだか急に、時間までもが平凡になったみたいだった。街が違って見えた。もしもチャンピオンを目指していなかったら……。
 当たり前に見ていただろう景色が、そこには広がっていた。