結果から報告します。
当初は人口肛門の上だけの予定でした。
しかし、開いて確認した所…
大腸全てが癌に侵されていました…
その為、4時間の予定が7時30分と予想より
大掛かりな手術となってしまいました。
その結果、今までは大腸からの人口肛門が
小腸からの人口肛門となり排泄がより大変に
なってしまいました…
これも生きる為なので受け入れました…
弟の分まで生きなくてはいけないので!!
ブログに載せるか悩みましたが…
もし同じ症状人が見て参考になればと考え
手術中にあった出来事について載せます。
私はこの手術以前より、
「オキシコンチン」
「オキノーム」
この2種類の麻薬が入った痛み止めを
服用していました。癌の影響で腎臓と膀胱を
繋ぐ管が少し潰れていました。
その為、少し排泄が悪くなり腎臓が
腫れていました。排泄を良くする為管の中に
ステンレスの管を入れていました。
これが腎臓と膀胱を刺激して…
時には血尿が出るほどの痛みがありました。
その痛みを押さえる為に服用してました。
しかし、段々と耐性が付き量が増えていき
最初の処方から5倍の量を服用するまでに
なっていました
それが手術の時に…災いの元となるとは…
一応、自主的ですが入院してからは
「オキノーム」という痛い時に飲む薬だけ
我慢して止めていましたが無駄でした。
何が起きたかといいますと…怖い話ですが
手術中に痛みを止めておく薬が途中から
効かなくなったのです。
聞き間違っているかもしれませんが
麻酔の先生の話では、最初に眠る薬を
点滴から入れるそうです。次に体に力が
入っていては手術が出来ないので筋弛緩剤を
導入します。そして、痛み止めをいれます。
後は手術経過を見ながらそれらの薬を
調整していくそうです。
しかし、今回は上手くいきませんでした。
最初の段階迄は良かったのですが…
術の後半、私の意識が戻りました
気がついたのですがまだ手術室ですハッ
なぜか…腹部で切られる痛み
何かを引っ張る感じが伝わります。
「麻酔が切れてます!!
と、伝えようにも筋弛緩剤が効いていて
体のどこも動きませんし声も出ませんアセアセ
そんな状況は伝わらず手術は続きます。
長い間…痛みと不快な感じと戦いました。
最後のお腹をホチキスでとめるのがわかり
「あ~手術が終る。。。」
と、喜びました。
手術が終わり、意志が私の名前を呼んで
意識が戻ったかを確認するのですが
既に意識はあるので筋弛緩剤がとけて直ぐに
「手術の途中から痛み止めが効いてません」
と、伝えました。
麻酔の医師、担当医も驚いていました。
「痛かったね、ごめんね」
相手も罪はなく、耐性がついていた不運が
今回の悲劇を生んだと思い特に怒りはなく
それよりも…
術中から続く痛みをいち早く納めて欲しく
医師、看護師には申し訳ないのですが
子供の様に「痛い、痛い」と繰り返します。
私の中では術中から続くこの痛みを少しでも
と除いて欲しかったからです。
そして、やっと痛み止めが少し効きました。
悲しいかな…次は腰痛が私を苦しめます。
術後の集中治療室のベットは恐ろしく
柔らかいエアーベッドです。
これは確か床擦れ防止だったと思います。
しかし、これがかなり不評でして(笑)
術後の人の多くが、腰が痛いと嘆くそうです。
私は更にヘルニア持ちで、柔らかいベットは
腰が痛くなり寝れません。
当然の如く、腰痛が襲ってきました。
痛みを取るため、体勢をかえたりしますが
効果はありません。ひたすら我慢です。
医師が診察に来たときに、腰の話をしました。
そして、座薬が効くと処方してくれました。
人口肛門にはなっていますが、元の肛門も
残っています。まぁこの様な座薬などを
使う場合のみ使用します。
しかし、看護師が人口肛門を作り直した
ばかりだから、万が一使用して人口肛門が
変な動きをして使えなくなっては困ると
私に説明をして、申し訳ないが使えないと
後々の事を考えてくれ使用を禁止しました。
でも、痛みに耐えれず何度もお願いして
その都度断られ…看護師に迷惑をかけました。
気がつくと朝の3時になっていました。
腰に固いものが置ければと思い、看護師に
色々な物を腰の下に入れてもらいますが
柔らかく効果がありません…
そこで、氷枕の固いものを用意してもらい
腰に敷きました。すると固さと冷たさで
痛みが少し和らぎ眠る事が出来ました。
手術の痛みもですが腰の痛みの副産物に
耐えるのが大変でした。