弟の事を残しておきたく…

弟の障害は完全には治りませんが少しづつ
新しい人生を出発し始めました。
この頃は何も問題は起こらず平和でした。

しかし、その平和を私が壊してしまいました…
離婚…そして、病気です。

両親は弟で大変だったのにまた私が病気で
迷惑をかけてしまいました。
更に、入院中に弟のバイクを譲れと脅しました

退院後、バイクの大型を取得する為
自動車学校に通い始めました。行き詰まると
直ぐに弟へ電話してアドバイスを聞きました。
一本橋で補習と苦労しましたが、苦節23年
念願のライダーになれました。合格の話を
直ぐに弟へ連絡しました。弟は自分の様に
喜んでくれました。嬉しかったです。
この件で、私達兄弟は更に仲良くなれたと
思います。

私が自動車学校に通いだしてから、弟は
親友とバイクの整備をしてくれました。
身体か昔の様に動かないのに毎晩遅くまで
精一杯整備をしてくれました。

そして、免許を取得した次の休みに弟は親友と
バイクを乗って運んできましたグッド!
その姿は忘れません。カッコ良かったです!!

自動車学校のCBからドカティモンスター
衝撃的でした爆  笑凄く軽い事に!!そして…
ハ、ハンドルが曲がらない…
弟は見た目重視でハンドルを下げあり
素人では、曲がらない仕様になってました。
しかもそのまま素人の兄貴に渡す始末…
ハンドルはきれない…
足がつかない…
ん?やけに自動車学校と違うぞ(汗)
これが、ドカティなのか…(興奮)

始めての時の写真が残ってました。
焦りながらもカッコつけてる写真です。

イメージ 1


そして、バイクに乗っている兄を喜んで
記念にと写真を撮っている弟です(笑)

この後、弟にバイクの話はよくしましたが
乗っているのを見せることは無かったです。

以降、私の心の師匠でした。バイクで
何かあると直ぐに電話していました。
何でも、聞いて優しく教えてくれていました。

でも、本当は弟も乗りたかったと思います。
気付く事が出来なくてごめんね…

その後約何事もなく幸せな時間が経ちました。

その間に、弟がやっと車を替えました。
弟は卒業後、免許を取得した時に買ってから
なんと、始めての交換です。
バイクは未確認もあるので何台になるか
想像がつきませんが車は替えませんでした。

この時、前の車の車検の関係で車が無い
時期がありました。
なので、仕方がなく?バイクに乗ってました。
その時のバイクがNS250Rでした。
このNS250Rが兄までも魅力していきます。

話を聞いたとき…NS250RとNSR250との
違いが私はわかっていませんでした。
素人の私は、弟はNSRに乗っていると
思っていました。
すみません…NS250Rを知りませんでした。
NSRは50ccも有ったので知っていました。
それで、弟が乗っているバイクを間違ったまま
話を聞いていました(笑)。
正直、今でもよくバイク事ががわかりません。

この時、町の人によく声をかけてもらっていた
と話していました。
理由は年代ものだったので当時を
懐かしむって達からよく乗ってるね!!
応援されたそうです。
退院後、久々にスクーター以外に乗れたので
とても楽しんで、嬉しかったのが話を通して
わかりました。話の中で
『250なら乗れるね!!買おっかなキラキラ
退院後、始めて弟の本心が聞けたと思い
直ぐに私は
『よし。買ってやる!!
『何に乗りたい?』
と直ぐに聞きました。それが良くなく
逆に弟は冷静に戻り、身体が良くなったらね
と、話を終えてしまいました。
相手の事を思う弟だから、この時に車種を
伝えると、本当に私が買ってしまうのが
わかって止めたのだと思います。
現に言われれば買っていたと思います。
この少し前から、少しづつですが私もやっと
弟に悪い…大切なものをもらって何も返して
いない事がわかり何かしてあげたい気持ちに
なっていました。

車は身体の状態から
オートマのWagon Rにしました。
とても乗りやすくなったと喜んでいました。
新車の助手席に乗せるのは…残念ですが
彼女ではなく…母親でした。
週末になると二人でよく出かけていました。
病院、買い物。父親を置いて二人でデートDASH!
楽しかったと母親が話してました。

暫くして、弟から意外な話をしてきました。
なんと、安くバイクが買えそうだと言うのです
私は直ぐに
『悩んでないで買え!』
『金なら心配するな出してやる』
と伝えました。
この話を聞いて直ぐに確認の為
弟の親友に話を聞きました。話は少し…
実は親友と割勘で買う予定だったそうです。
なので価格は倍になりました(笑)。
これは記憶障害ではなく、妄想性
何時もの勝手な思い込みでした。
良くなったとはいえ、記憶障害があるので
心配でこっそりと親友に聞きました。
話は本当でした。個人売買でしたので
弟の代わりに買うように話を進めてと
親友にお願いしました。

買うにあたって問題がありました。
それは、我が家が昭和の家庭という事です。
何かと言うかといいますと、父親が絶対です。
なので、今回のバイクの件も父親の許しが
必要になるのです。病気の事もあったので
弟は買いたいけれど、父親がなんと言うか
心配で言えないでいました。

そこで、私が弟に
『俺が買うようにして弟に貸す』
そう話せば大丈夫と言って弟を説得しました。
しかし…納得はしていなかった様です。
ちゃんと父親に認めてもらいたかったんだと
思いました。

バイクの売買は少し難航していましたが
何とか買える手立てになってきました。
後は、父親の説得、許可です。
当初の私が買うの案で、家に電話をしました。
話の前に母親から弟が先日急に暴れたと
話してきました。
なんと、弟は我慢出来ず…父親に
『バイクが欲しい』
と父親に怒りながら話したとの事です。
『兄貴が持っているのに、
俺ばかりがまんするのは嫌だ!!
俺にもバイクが欲しい』
と怒りながら話したそうです。
それを聞いたとき、弟の本心だと感じました
正直辛かったです。
両親も聞いて辛かったと話しました。
母親から何か弟にバイクを乗せてやれないか
と逆に相談されました。
『調度、いいバイクがあるよ。』
『お金は心配しなくていいから』
『良ければ手配するよ』
と意外な方向で話が纏まりました。
父親そして、母親からも許可が出ました。
直ぐに弟に報告の電話をしました。
そこで、怒った事を聞いたと話ました。
そして私は弟に
『今までお前の気持ちを考えなかった』
『辛かったね。ごめんね』
と謝罪しました。
弟は買うための演技と言っていましたが
私には本心にしか聞こえませんでした。
色々と問題はありましたが、弟が退院して
念願のバイクが堂々と買える事になりました。
そのバイクは
YAMAHA YZF-R1 2003年式です。
季節も冬で弟へのクリスマスプレゼントです。

このバイクもドカティと同じで何年か
動いてなかったので、メンテナンスが
必要になりました。これも、弟と親友が
頑張り、車検も合格しました。

数日後、弟がバイクを置いてある親友の
車庫に現れました。親友はたまたま車庫で
別のバイクのメンテナンスをしてたそうです。

寒空、急に洗車をしたそうです。
そして、走ってくると言って出掛けました。
その時の写真がこれです。

イメージ 2


これが弟にとって最後のバイク・走りと
なってしまいました。

また暫くして…クリスマスの時期になりました。
親から電話があり、また弟が入院したから
保証人になって欲しいと内容でした。
私は何時もの事と何も考えてはいませんでした。
これが弟の最後の戦いになります。