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アラサーだいちゃおの医学部再受験日記

典型的な私立文系卒男の医学部再受験突破日記。
就職活動から医学部再受験ネタまで幅広く発信します。

今日も寒いですね。こんにちはだいちゃおです。
一昨日生牡蠣を食べたせいか、見事にあたり寝込んでました。

今日は再受験に踏み切るまでどのような生活を送っていたのか、
つらつらと書いてみたいと思います。

2009年4月(もう7年も経つのか。。汗)、私は福澤先生が創立した大学の経済学部に入学。
当時の私は、受験生活から解放された喜びとモテると評判高い(悪名高い?)大学に入学できたことに心底喜んでいました。笑

サークルはESS(別所哲也さんがOBにいるほぼ体育会の厳しい文連)と
テニスサークル(いわゆる飲みサー)に入会。
1年時は英語演劇と飲み会などに明け暮れ、将来の事など何も考えていませんでした。汗

ただ元々根はまじめだったので、2年のときに留学を決意。
大学3年から1年間アメリカのシアトルという美しい街で留学生活を送りました。
現地では勉強は大変だったが、現地の赤十字社で医療支援(文系なのになぜか医療。医療との出会いの原点になった。)のインターン、現地の州運転免許を取得してアメリカ大陸横断、大好きなパーティーなどのイベントに、アクティブライフを満喫しておりました。

そして、帰国、就職活動。
40社エントリーして内定は1社のみ。。。。。社会に必要とされない人材だと認識。笑
結局内定を頂いた証券会社に入社しました。

【就職活動中にある会社の人事から言われたこと】
・プライドが高い。
・自己中心的で他人の事に興味がない。
・地頭は悪くないが、こだわりが少ない。
・飽き性でしょ? 
などなど、散々たるものでした。。。

そして、楽しかった大学生活も終わり、入社。

入社後の研修で一番辛かったのは自分のプライドが先行して、同期になじめなかったことです。
正直、自分より学歴が低い人を小馬鹿にしている節もありました。
でも、配属後の自分の営業成績は彼等より下。ほぼ新入社員の中でビリに近かったです。
このときはじめて、挫折を味わいました。世の中の現実を知りました。

「学歴なんて関係ない。余計なプライドなんていらない。」

私はそんな想いを抱き、ネガティブになっていました。
証券会社に勤めているいるとき、ある開業医の先生のもとに飛び込み営業をしたことがありました。
その先生から、「人に合わせる事も重要だけど、自分の特性がこれだと思ったら、若いうちに方向転換した方がよいよ。」と言われました。

その先生の一言は今思えば私の人生においてかなり大きな方向転換を駆り立てるものでした。
会社に入社以来、一貫して自分は専門的知識を身につけ、専門職種として働くキャリアの方向性を模索していました。

じゃあ、それは医師? 歯科医師? 会計士? エンジニア? 金融のアクチュアリー?
色々と思いつく職種はありました。
そこから医学部受験に踏み切るまでのいきさつを次回つらつら書こうかなと思います。