まといのば先生にブログをシェアしていただきました!
https://ameblo.jp/matoinoba/entry-12970947152.html
ありがとうございます🙇♂
今回、「はじめて気功講座」を受講して、改めて深く理解できたことがあります。
それが、
Self(自分)、Family(家族)、Friend(友人)にはヒーリングを避ける。
という教えでした。
最初に聞いたときは、本当に衝撃でした。
「ええ!?」
自分はもちろん、大切な家族や友人こそ治してあげたいと思うのが自然ですよね。
この教え自体は、7年前にまといのばで学び始めた頃から知っていました。
ただ当時は、あるヒーラーから、
セルフヒーリングやファミリーヒーリングは難しい。
だからこそ鍛えられるし、その経験が他人へのヒーリングにも生きる。
という話を聞いていたので、「難しいけれど訓練になるんだ」と理解していました。
ところが今回の講座で、まといのば先生から、
Self、Family、Friendにヒーリングしてはいけないのは、効果が出ないからです。
その考え方は何重にも間違っています。
というお話を聞き、7年間抱えていた誤解が一気に解けました。
実は私は、この7年間、この教えを自分の人生で検証するような生き方をしてきました。
まといのば先生から「真面目が服を着ている」と言われていた私が、なぜマッサージ店の店長や女風の仕事までしていたのか。
理由は、とてもシンプルです。
ヒーリングがしたかったからです。
気功に出会い、T理論を学び、先生が奇跡を起こす姿だけでなく、一緒に学んだ仲間が驚くような施術をしたり、人生を変えていく姿を見ていました。
「自分も奇跡を起こせるヒーラーになりたい。」
そう強く思いました。
しかし、自分や家族、友人はヒーリングの対象にはできません。
だから私は、市場へ出ました。
マッサージサロンで施術を重ね、店長を経験し、その後は女風でも活動し、1000名以上の方を施術してきました。
マッサージサロンでは短い研修を終えると、すぐにプロとして現場に立ちます。
店長になれば、自分より何年も経験のあるベテランセラピストからも店長として接してもらいます。
さらに女風として活動すれば、お客様は最初から「プロ」として私に身を委ねてくださいます。
そこには、自分や家族、友人との間には存在しない、「ヒーラー」と「クライアント」という関係性がありました。
私は最初、りらくるでセラピストとしてデビューしました。
その後、コロナ禍を機に高価格帯のマッサージサロンへ転職し、入社からわずか一年で店長を任されることになります。
そこで待っていたのは、会社でも有名な問題を抱えた店舗でした。
トップクラスの売上を誇りながら人間関係のトラブルを繰り返すセラピスト。
お客様から絶大な人気がありながら、会社とは深く対立しているセラピスト。
誰に話を聞いても良い評判はありませんでした。
それでも私は、先入観を持たず、一人ひとりと向き合いました。
どうすれば互いに気持ちよく働けるのか。
どうすれば店全体が機能するのか。
入店初日から従業員同士の仲裁に入り、それぞれの臨場感に寄り添いながら、誰か一人ではなく、全員の味方であり続けようとしました。
その経験を通して、苫米地博士が話される
他人は存在しない。
他人は自分の頭の中にいる。
という言葉を、初めて実感として理解できた気がします。
長年「トラブルメーカー」と呼ばれ続けた人たちは、会社への反発や不信感を抱え、その臨場感の中で生きていました。
そんな相手と向き合うには、会社側でも従業員側でもない、できるだけフラットな立場で耳を傾け、ラポールを築くしかありませんでした。
大変な毎日でしたが、現実は厳しく、人は一人、また一人と辞めていき、私自身も身体を壊し、セラピストを続けられなくなりました。
退職後は手が施術できないほどボロボロになり、生活は困窮し、派遣や工事現場で働きながら暮らしていました。
まといのば先生、ray先生、そしてyukaさんに支えていただき、身体は少しずつ回復しました。
それでも心は戻りませんでした。
マッサージサロンへ戻る勇気が出ない。
ヒーラーとして生きる夢も失いかけていました。
さらに、私が理想としていたヒーラーの世界と現実との間にも大きなギャップを感じ、人を信じることさえ難しくなっていました。
「このまま再起できないのではないか。」
そんなことを何度も考えていました。
過去の失敗の原因を、今になって正確に断定することはできません。
ただ、今回の講座を受けて、一つ思い当たることがありました。
私は「店長」と「問題を抱えた従業員」という関係から離れ、一人の人間としてフラットに向き合い、ラポールを築こうとしていました。
その姿勢自体は間違っていなかったと思います。
しかし、その関係性は、いつの間にか「店長と部下」ではなく、「Friend」のような臨場感へ近づいてしまっていたのかもしれません。
本来であれば、店長として場を書き換える側であるべきだったのに、私は相手の臨場感へ深く入り込みすぎてしまいました。
まといのばで学ぶ言葉を借りれば、「店長」として場を書き換えるサイコパス性が足りなかったのかもしれません。
もちろん、これが本当の原因だったとは断定できません。
それでも当時の私は、周囲から向けられる強い嫉妬や感情の渦に飲み込まれ、身体が鉛のように重くなり、心身ともに少しずつ壊れていきました。
そして人間不信になり、セルフヒーリングに頼るようになりました。
今思えば、それもまた悪循環だったのだと思います。
仲間たちの華々しい成功をブログで知る一方で、私は工事現場で炎天下に焼かれながら働いていました。
あの頃の悔しさと、生活に困窮していた苦しさは、今でも忘れることができません。
続く