大学3回生
まずは1年生の時の写真。
おかっち、まさに いもっ子やね。
かわいいけど、いじめられてそうやわ。
そして、成人式。
なんのときめきも再会もなかった・・・
初恋の人に会えることを期待してたんやけど・・・
この写真は、リーグ戦前の国際親善の時の写真。
最高に自信満々の時でしたね。
そして、開幕戦。
この試合も良かった。
そっから地獄でしたね。
前回の日記にも書きましたが、
落とし穴にすっぽりはまってました。
ということで、3回生。
4回生が就活で5月まで抜けているので、
最初は、最上回生ということでチームの運営を任せられてました。
にもかかわらず、まだ自分のチーム内のポジションが築けていなかったので、
後輩の指導はほとんどしていなかった。
そして、何を思ったのか、ポジションを変更したんですね。
今までは、MFといってOFとDF両方するポジションやったんやけど、
ATというオフェンス専門のポジションに変更をしたんです。
この時の心境はあまり思い出せないけど、
どこか逃げたい気持ちはあったのかな。
そして、ATを経験することでオフェンス全体の流れを理解する
ということもあったのでしょう。
先輩にも反対されていたはず。
チームのことは考えていなかったんですね。
これが、新しい落とし穴を生みました。
もちろん、最初は活躍出来た。
でも次第にディフェンス陣が連携が取れだしたら、
オフェンスも上手くいかなくなってきたんです。
そして、抜群にセンスのある後輩もいて、そちらの方が注目されていた。
このATというポジションは、3人しか試合に出れないので、
ポジション争いもかなり激しい。
しかも、上回生に2人巧い先輩がいるので、
後一つの枠を僕とそのセンスのある後輩で争うことに・・・
焦っていたんでしょう。
肉離れしちゃいました。
全治2か月。
8月にリーグ戦が始まるというのに、7月まで練習ができない。
上級生もどんどん就活がきまり練習に復帰してくる。
そして後輩の評価はどんどん上がっていく。
また自分のポジションが無くなりました。
この時は、最大の 闇 でしたね。
自分の居場所がないことほど辛いことはない。
自分は何をやってもだめなんだ。
劣等感でいっぱいでした。
それを救ってくれたのが、コーチでした。
この年から、同志社のコーチをしてくれることになったのが、
ユースのコーチであった寺崎さん。
ぼくがATのポジションに変更した時は、もの凄く反対して、
ぼろくそに言われていた。
言うことを聞かなかった僕は最悪ですね。
チームからも戦力外通告が出ていて、
誰も何も僕に期待しなくなりました。
でも、そんな時に救ってくれたのは寺崎コーチでしたね。
「MFのポジションやったら、お前の1ON1の長所が活かせる。
もう一回ポジション戻してみたらどうや?』
僕にもチャンスがあるんや。
というかそれしか道はなかった。
自分がやりたいプレーを追求するという考えではなく、
チームのために自分が出来ることは何か?
自分の能力が活かせることは何か?
3回生になってようやくこの考えにたどり着いた。
チームが求めていることをしっかりと聞くことにしたんです。
今更やけどね。
1ON1で相手を抜いてディフェンスを引き寄せてパスを出す。
これが僕に与えれた仕事でした。
もの凄く地味な仕事やったけど、
必死でその仕事をこなしたんです。
そして、幸か不幸か違うポジションを経験したことで、
オフェンスの全体の流れをしっかりと理解出来ていて、
自分が1on1を仕掛けている時に、チームのメンバーがどこにいるのかしっかりと感じながら攻めることができた。
だからオフェンスの選択肢が広がったんです。
ディフェンスとしては、一番恐いですね。
抜いてパスするだけやったら、相手を崩すことは出来ない。
シュートの可能性もあるし、
色々な所にパスする可能性もある。
チームのオフェンスの起点としてのポジションをつかむことができた。
ここまでの道のりが長かった。
そして、開幕戦もチームのオフェンスの起点として活躍することができた。
寺崎さんには感謝の言葉しかないですね。
ポジションを変えてから、もの凄くたくさん誉めてくれた。
期待してくれた。
ぶれぶれだった僕の自信が誉められるたびに少しずつ固まっていったんです。
コーチが誉めてくれなかったら、僕は補欠のまま大学生活を終えていたかもしれない。
がんばったことを誉めてもらえるのは嬉しい。
そんな所も見てくれているんや、
地味な仕事やけど、僕の仕事は必要とされているんだ!!!
ぶれぶれだった僕の軸を固めてくれたのは、まぎれもなく寺崎さんですね。
この時、30歳やったんやね。
今の僕と同じ年やん。
そう考えたら凄いね。
今の僕には到底出来ないことやから。
そっから試合をこなす度にもの凄く自信がついてきて、
1on1では、関西で一番の自信がありましたね。
どの角度からでも仕掛けることは出来るし、
そしてなにかしら崩すことができる。
自分の武器が出来たんです。
試合も練習も、楽しくて仕方なかった。
そしてチームも関西代表として全国大会に選出することになりました。
そっから話しだしたら止まらんけど、
まあ宿敵 神戸大学と3回試合をすることになったね。
最後の試合が神戸やった。
全日本大会準決勝。
4Q終わって、7対7。
延長戦。
忘れられへんね。
負けたことに対する悔しさよりも、
もうこのメンバーで上を目指して戦うことができないことがなによりも悲しかった。
もうこのチームで出来ないなんて信じられなかった。
受け入れることができなかった。
最高のチームやった。
キャプテンも最高。
先輩も最高。
お互い限界まで向き合い。
毎日ビデオで練習の反省して、喧嘩して、
前の日の課題をしっかり意識して、練習する。
「前へ、前へ!!!上へ、上へ」
もう一回あのチームで戦いたいな。
心からそう思う。
仲間達と一つのことを目指して頑張っている時が、
やっぱり人間が一番成長する時やね。
何回も震える感動を味わった。
チームとしても、社会人チームを倒して全国3位。
個人としても、関西BEST10プレイヤー。
この3回生の時に、僕の軸がだいぶ固まったね。
21歳なってようやく軸が固まった。
自分という人間を持つことができた。
遅いね。
まだまだ課題はたくさんあるけど、
One for all, all for oneの精神
を自分の軸に入れることができた。
こんないい経験をさせてもらった仲間達には感謝の気持ちでいっぱいです。





