『 安 寿 と 厨 子 王 』
前回までのお話し 「安寿と厨子王 1」 「安寿と厨子王 2」 「安寿と厨子王 3」
「安寿と厨子王 4」 「安寿と厨子王 5」 「安寿と厨子王 6」 「安寿と厨子王 7」
「安寿と厨子王 8」 「安寿と厨子王 9」 「安寿と厨子王 10」 「安寿と厨子王 11」
「安寿と厨子王 12」 「安寿と厨子王 13」 「安寿と厨子王 14」 「安寿と厨子王 15」
「安寿と厨子王 16」 「安寿と厨子王 17」 「安寿と厨子王 18」 「安寿と厨子王 19」
「安寿と厨子王 20」 「安寿と厨子王 21」
都に上った厨子王は、僧形(そうぎょう)になっているので、
東山の清水寺(きよみずでら)に泊ることにしました。
籠堂(こもりどう)に寝て、翌朝、目が覚めると、
直衣(のうし)に烏帽子(えぼし)を着て
指貫(さしぬき)を履いた老人が、
枕元に立っていて、こう言いました。
「お前は誰の子じゃ。
何か大切な物を持っているなら、
どうぞおれに見せてくれないか。
おれは娘の病気の平癒(へいゆ)を祈るために、
昨夜ここに参籠(さんろう)した。
すると夢にお告げがあった。
左の格子(こうし)に寝ている童(わらわ)が
よい守本尊を持っている。
それを借りて、娘に拝ませろと言っていたのだ。
今朝、左の格子に来てみれば、お前がいる。
どうかおれに、お前の身の上を明かして、
守本尊を貸してはくれぬか。
おれは関白師実(もろざね)じゃ」
これを聞いた厨子王は言いました。
「わたくしは、陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)
という者の子でございます。
父は12年前に筑紫の安楽寺へ行ったきり、
帰らぬそうでございます。
母は、その年に生まれたわたくしと、
3つになる姉とを連れて、
岩代の信夫郡(しのぶごおり)に住むことになりました。
そのうち、わたくしが大ぶ大きくなったので、
姉とわたくしとを連れて、父を尋ねに旅立ちました。
越後まで出ますと、恐ろしい人買いに拐かされて、
母は佐渡へ、姉とわたくしとは丹後の由良へ
売られました。
姉は由良で亡くなりました。
わたくしの持っている守本尊は
この地蔵様でございます」
こう言って守本尊を出して見せたのです。
師実は仏像を手に取って、
まず額に当てるようにして礼をしました。
それから面(おもて)や背を何度も返し返し、
丁寧に見ながら、こう言いました。
「これはかねて聞きおよんだ、
尊い、放光王地蔵菩薩(ほうこうおうじぞうぼさつ)の
金像(こんぞう)じゃ。
百済国(くだらのくに)から渡ったのを、
高見王が持仏にしておいでなされた。
これを持ち伝えておるからは、
お前の家柄に紛(まぎ)れはない。
仙洞(せんとう)(上皇)がまだ
御位(みくらい)(天皇)であらっしゃった、
永保(えいほう)の初めに、
国守の違格(いきゃく)に連座して、
筑紫へ左遷せられた
平正氏(たいらのまさうじ)の嫡子に相違あるまい。
もし還俗(げんぞく)(僧を辞め俗人に戻る事)の望みがあるなら、
追っては受領(ずりょう)の御沙汰もあろう。
まず当分はおれの家の客にする。
おれと一緒に館(やかた)へ来い」
関白師実の娘と言うのは、養女で、
実は妻の姪(めい)なのでした。
この娘は、長い間、病気で臥せっていたのに、
厨子王の守本尊を借りて拝むと、
すぐに回復し、元気を取り戻したのでした。
師実は厨子王に、すぐに還俗させて、
自分で冠(かんむり)(位)を与えたのでした。
同時に、父、正氏の謫所(たくしょ)へ、
赦免状(しゃめんじょう)を持たせて、
父の安否を問いに使いを出してやったのです。
しかしこの使いが着いた時にはすでに、
正氏はもう亡くなっておりました。
この知らせを聞く前に元服し、「正道」と改名した厨子王は、
知らせを聞くや否や、身がやつれるほど、嘆き悲しみました。
~本日は、ここまで~
ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。
おしまいっ。
