『 安 寿 と 厨 子 王 』



前回までのお話し  「安寿と厨子王 1」  「安寿と厨子王 2」  「安寿と厨子王 3」
「安寿と厨子王 4」  「安寿と厨子王 5」  「安寿と厨子王 6」  「安寿と厨子王 7」
「安寿と厨子王 8」  「安寿と厨子王 9」  「安寿と厨子王 10」  「安寿と厨子王 11」
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 厨子王は、一気に山をくだると、

大雲川を川上へと向かって、急ぎ走って行きました。



 安寿は、泉の畔(ほとり)に立って、

並木の松に隠れてはまた現われる、弟の後ろ姿を

ずっと小さくなるまで見送りました。



 とっくに正午に近いのに、姉は、まだこんな所に居て、

山へ登ろうともしておりません。

しかし幸いにも、今日はこの方角の山で、

木を伐る人は、誰も来ていないようで、

坂道に立ちつづけながら、ぼんやりと時を過す安寿を

咎める人は、誰もおりませんでした。



 夕刻に、姉と弟を捜しに出た、山椒大夫の一家の追っ手が、

この坂の下の沼の端(はた)で、

小さい藁履(わらぐつ)を一足拾いました。

それは安寿の履物でした。





 中山の国分寺(こくぶじ)の門に、

何本もの松明(たいまつ)の火影が乱れながら、

大勢の人が、押し合いながら入ってきました。

先に中に入ったのは、

白柄(しらつか)の薙刀(なぎなた)を持った、

山椒大夫の三男の、三郎でした。



 三郎は堂の前に立つと、大声でどなりました。



「わしは、石浦の山椒大夫の一族のものだ。

 大夫の使う奴(やっこ)の1人が、

 この山に逃げ込んだのを、見た者がいる!

 そうなると隠れられる場所は、寺の中よりほかにない!

 さあ、すぐにここへ出してもらおうか!」



三郎と一緒にやって来た、大勢の手下たちも、



「さあ、出してもらおう、出してもらおう」



と、口々に叫びます。



 本堂の前から門の外まで、広い石畳が続いています。

その石の上には、手に松明を持った、

大勢の三郎の手下たちが、押し合いへし合いしています。

また門の内側の、石畳の両側には、

境内に住んでいる沢山の僧侶たちが、

ほとんど全員が出てきて、群がっていました。

これは追っ手の群れが、門の外で騒いでいた時に、

内陣からも、庫裡(くり)からも、

一体何事が起ったのかと、驚いて出て来たのでした。



 最初、追っ手が門の外から、門をあけろ!と叫んだ時、

開けて入れてしまったら、乱暴をされるのではと心配して、

門を、絶対に開けまいとした僧侶が殆どでした。

しかしそこに、住持(じゅうじ)の

曇猛律師(どんみょうりつし)がやって来て、

門を開けさせたのでした。

そして門を開けて、中へ入って来た三郎が

又もや大声で、逃げた奴を出せと言いました。

三郎が怒鳴ったあとは、少しの間、ひっそりとしました。

この時、本堂の戸は、閉まったままでした。



 三郎は足を踏みならすと、

同じことを2~3度繰り返しました。

すると、手下の中の一人が、



「和尚さん、どうしたのだ」



と呼ぶものがいました。

それに短い笑い声も、交ったのです。



 この時になってやっと、本堂の戸が静かに開けられました。

住持の曇猛律師(どんみょうりつし)が、自分で開けたのです。

律師は偏衫(へんさん)を1つだけ身に纏っているだけで、

重々しい態度をも取らず、

常燈明の薄明りを背にして、本堂への階段の上に立ちました。

背丈の高い、頑丈な体と、眉が黒い角張った顔とが、

揺らめく火に照らし出されました。

律師は、まだ50歳を越したばかりです。



~本日は、ここまで~




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

おしまいっ。
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