『 人 魚 の 姫 』
前回のお話し 「人魚の姫 1」 「人魚の姫 2」 「人魚の姫 3」 「人魚の姫 4」
「人魚の姫 5」 「人魚の姫 6」 「人魚の姫 7」 「人魚の姫 8」
「人魚の姫 9」 「人魚の姫 10」 「人魚の姫 11」 「人魚の姫 12」
「人魚の姫 13」 「人魚の姫 14」 「人魚の姫 15」 「人魚の姫 16」
やがて船の中は、ひっそりと静かになりました。
今は、舵取りだけが、舵の前に立っているだけです。
人魚のお姫様は、白い腕を船べりにかけながら、
東の空に目を向けて、朝焼けを眺めました。
お日様の光がさして来れば、
その最初の光で、お姫様は死に、泡となるのです。
と、その時、お姉様たちが、
海の面へ浮かび上がってくるのが見えました。
お姉様たちも、お姫様と同じように青ざめていました。
見れば、美しい長い髪の毛が、
いつものように風になびいておりません。
お姉様たちの髪は、ぷっつりと根元から切られており、
『私たちは、魔法使いに、髪の毛をやってしまったのよ。
あなたが今夜、死なない様に、
魔法使いの助けを借りに行ったの。
そしたらね、このナイフを作ってくれたわ。
ほら、これよ。
お日様が昇る前に、あなたはこれで、
王子様の心臓を突き刺すのよ。
そして王子様の温かい血があなたの足にかかれば、
あなたの足は、また元のお魚の尻尾に戻るのよ。
また人魚に戻れるのよ。
そうなれば又、水の中で私たちと一緒に、
暮らせるようになるのよ。
さあ、早く!
もう間もなく、お日様が昇ってしまうわ。
お日様が昇る前に、王子様かあなたか、
どちらかが死ななければならないのよ!
お祖母様は、ご心労の余り、
白い髪がすっかりと抜け落ちてしまったわ。
魔法使いに髪を切り取られた、私たちの頭そっくりよ。
さあ、今すぐ、王子様を殺して、
私たちの元へ、帰って来なさいね。
急ぐのよ!
もう空が、薄っすらと赤くなって来たわ!
もうお日様が昇ってしまうわ!
そうしたら、あなたは海の泡と消えてしまうのよ!』
こう言うと、お姉様たちは、
悲しそうに溜息をつき、海の中へと沈んでいきました。
人魚のお姫様は、テントの紫色の垂れ幕を上げました。
中では、美しい花嫁が、
王子様の胸に頭をもたせて眠っていました。
お姫様は身をかがめて、王子の額にキスしました。
空を見れば、夜明けの空が赤く染まり、
だんだん明るくなって来ました。
お姫様は、鋭いナイフを見つめました。
それからまた王子様に目を向けたのです。
王子は夢の中で、花嫁の名を呼びました。
他の事はすっかり忘れて、
王子様の心は、もうこの美しい花嫁の事でいっぱいです。
人魚のお姫様の手の中で、ナイフが震えました。
しかし次の瞬間、お姫様は、
そのナイフを海へと放り投げたのです。
するとナイフの落ちた所が、真っ赤に光ったのです。
そこはまるで大量の血が、噴き出しているようです。
お姫様の目は、徐々に霞んできました。
その目を見開き、もう一度、愛しい王子様を見つめました。
そして自ら、海の中へ飛び込んでいったのでした。
お姫様は、自分の身体が溶けて、
泡となって行くのがわかりました。
その時、お日様が海から昇りました。
柔らかい光が、死んだように冷たい海の泡の上を、
暖かく照らしたのです。
人魚のお姫様は、少しも死んだような気がしませんでした。
明るいお日様を仰ぎ見ました。
すると中空に、透き通った美しいものが、
何百となく漂っておりました。
それを透かした向こう側に、
船の白い帆と、空の赤い雲が見えました。
その透き通ったものの話す声は、
美しい音楽の調べのようでした。
といっても、人間の耳には聞こえない、
誠に不思議な魂の世界の音楽でした。
その姿も、人間の目では見ることはできません。
翼が無くても、身体が軽い為に、
空中に漂っているのでした。
人魚のお姫様はその者たちと同じように、
自分の体も軽くなって、泡の中から抜け出て、
だんだんと上へ上へと昇って行くのを感じました。
『私は、どなたの所へ行くのでしょうか?』
お姫様は、透き通った美しいものたちに尋ねました。
お姫様が放った声は、他の透き通ったものたちと
同じ様に、美しく貴く、不思議な響きでした。
それはとてもこの世の音楽で真似は出来ません。
『空気の娘たちの所へ・・・』
そう透き通った美しいものたちは、
声を揃えて答えました。
『人魚の娘には、死ぬことの無い魂はありません。
人間に心から愛されなければ、
どんなにしても、それを授かることはできません。
人魚がいつまでも生きていられる命を得るためには、
他のものの力に頼らねばなりません。
空気の娘たちにも、やはり
死ぬことの無い魂はありません。
ですが、善い行いをすれば、
やがてそれを授かることはできるのですよ。
私たちは今から、暑い国へと飛んでいくのです。
そこでは空気が熱すぎて毒を持っています。
その為、人間は直ぐに死んでしまいます。
ですからそこで、私たちは、涼しい風を
人間や動物たちに送ってあげるのです。
それから空気に花の香りを振りまいて、
誰もがサッパリした気分になれるように、
みんなが元気になれるようにしてあげるのです。
こうして300年の間、
私たちに出来るだけの善い行いを努めれば、
いずれ死ぬことのない魂を授かって、
限りない人間の幸せを貰う事もできるのです。
まあお気の毒な人魚のお姫様。
あなたも私たちと同じように、
真心を尽くして、努めていらっしゃいましたのね。
随分と苦しい思いをなさったでしょうが、
よく我慢をされました。
だからこうして、今は、空気の精の世界へ、
登っていらっしゃることが出来たのですね。
さあ、あと300年、善い行いをなされば、
死ぬことの無い魂を、きっとあなたも授かれますよ。』
人魚のお姫様は、透き通った両腕を、
神様のお日様の方へ高く差し伸べました。
その時、生まれて初めて、
涙が頬を伝わるのがわかりました。
船の中が、またがやがやと騒がしくなりました。
見れば、王子様が美しい花嫁と一緒に、
人魚のお姫様を探していたのです。
お姫様が、波の中に身を投げたのを
お二人はまるで知ってでもいるように、
泡立つ波間を悲しそうに、いつまでも見ておりました。
人の目には見えないけれども、
人魚のお姫様は、花嫁の額にそっとキスをして、
王子様に微笑みかけました。
それから他の空気の娘たちと共に、
空に漂う、美しいバラ色の雲の方へと昇って行きました。
『人魚の姫』 おしまい
ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。
おわりっ。
