『 人 魚 の 姫 』



前回のお話し  「人魚の姫 1」  「人魚の姫 2」  「人魚の姫 3」  「人魚の姫 4」
「人魚の姫 5」   「人魚の姫 6」   「人魚の姫 7」   「人魚の姫 8」
「人魚の姫 9」  「人魚の姫 10」  「人魚の姫 11」  「人魚の姫 12」
「人魚の姫 13」   「人魚の姫 14」   「人魚の姫 15」





それから今度は、人魚のお姫様に向って、



『ああ僕はなんて幸せなんだろう。

 どんなに願っても、とても叶えられないと思っていた夢が、

 とうとう叶えることが出来たんだよ。

 お前も、僕の幸せを喜んでくれるかい?

 誰よりも一番、僕の事を思ってくれた、お前だものね。』



 人魚のお姫様は、王子の手にキスをしました。

けれども本当は、胸が今にも張り裂けそうでした。

無理もありません。

王子が結婚すれば、その翌朝には、お姫様は死に、

海の上の泡になってしまうのですから。



 教会という教会の鐘が鳴り渡りました。

お使いの者が、馬に乗って町の中を駆け巡り、

町中に、王子様と王女様のご婚約の事を知らせました。

どこの祭壇でも、立派な銀のランプに

良い香りのする油を入れて燃やしました。

そして牧師さんたちは、その匂い立つ香炉を振りました。

花嫁と花婿は互いに手を取り合って、

僧正様の祝福を受けました。



 人魚のお姫様は、絹と金とで着飾って、

金嫁の長い裾を持ち、捧げていました。

けれどもお祝いの音楽も、お姫様の耳には入りません。

厳かな儀式も、お姫様の目には映りません。

ただ、死んでからの暗い闇の事ばかりを考えていました。

この世で失くしてしまった、

全ての事を思っているのでした。



 その日の夕方、花嫁と花婿は船に乗り込ました。

すると大砲が轟き渡り、沢山の旗が海風にひるがえりました。

船の真ん中には、金と紫の立派なテントが張られ、

この上も無く美しい布団が敷かれました。

ここで2人だけの静かな、

そして涼しい一夜を過ごすことになっていたのです。



 帆は風を受けて、いっぱいに膨らみました。

船は澄み切った海の上を揺れずに

軽々と滑る様に進みました。



 辺りが暗くなってくると、

色とりどりのランプに火が入り、

水夫たちは甲板に出て、楽しそうに踊り始めました。

人魚のお姫様は、初めて海の上に浮かび上がった夜の事を

思い出さずには居られませんでした。

あの夜も、今、目の前に見ているのと同じように、

賑やかで、皆が楽しそうに嬉しそうにしていたのです。

お姫様も皆と共に踊りに加わりました。

その姿は、何かに追いかけられて、

身を翻しながら、軽々と飛び回るツバメのようです。

見ている人々は、皆、手を叩いて誉めそやしました。

お姫様が、こんなに見事に踊った事は、

今までにもありません。

か細い足は、鋭いナイフで突き刺されるようでしたが、

今はそれを感じない程に、

心の苦しみがもっともっと痛むのでした。



 お姫様には、良く解っているのです。

今夜限りで、王子様の顔はもう、見られません。

この王子様のために、お姫様は家族を捨て、

懐かしい海の底の家を捨てたのです。

そして誰よりも美しい声を、捨て去ったのです。

くる日も来る日も、限りない苦しみを我慢してきたのです。

それなのに、王子様の方では

そんな事、つゆ程にも知ることは無いのです。

王子様と同じ空気を吸うのも、

深い海を眺めるのも、

星野煌めく夜空を仰ぐのも、今夜限りです。

考えることの無い、夢見ることの無い、

果て無く続く闇の夜だけが、お姫様を待っているのです。

思えば、お姫様には魂がありません。

得ようとしても、今となっては、

手に入れることのできないお姫様なのです。



 船の上は、賑やかな歓びに満ちておりました。

もう真夜中を過ぎました。

それでもお姫様は、微笑みながら踊りつづけました。

心の中では、ただ死ぬことだけを想いながら・・・

王子様は、美しい花嫁にキスをしました。

花嫁は、王子様の黒い髪の毛を撫でました。

そして花嫁と花婿は手に手を取って、

立派なテントの中に入って行ったのでした。



~今日は、ここまで・・・~




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

つづくですっ。
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