『 鏡 と 鐘 』



前回までのお話し  「鏡と鐘 1」




 さて、無間山の鐘のために寄進された鏡が、

みんな鋳込み場へ送られたとき、

鋳物師は、そのなかに、どうしても鎔けない鏡が、

ひとつあるのを見つけた。

何度もそれを鎔かそうとしたが、

どうやっても、だめだった。

これは、あきらかに、その鏡を寺に納めた女が、

それを悔いているのに違いなかった。

つまり、心から献納したのではなかったので、

彼女の執念(しゅうねん)がその鏡にとりついていて、

炉のなかに入れても、鏡はかたく冷たいままで、

鎔けなかったのである。

 このことは、もちろん、みんなの耳にもはいったし、

また鎔けない鏡がだれのものであるかということも、

ほどなくみんなに知れわたった。

心のなかに秘めておいた咎(とが)が、

こうして世間に公然と知れわたったので、

かわいそうに、この女は、

たいそう恥じいり、またひどく腹をたてた。

そして、この不面目にたえられずに、

次のような書置をのこして、身を投げた。



『わたしが死んだら、

 鏡をとかして鐘をつくることは、わけなくなりましょう。

 けれども、その鐘をならして割った人には、

 私の霊魂の力で、大金をさずかりましょう。』



 だれでも怒って死ぬか、怒って自殺する人の、

いまわのきわの願いや誓いは、超自然的な力があると、

いっぱんに考えられているということを、

承知していただきたい。

で、死んだ女の鏡がとかされ、鐘が首尾よく鋳られると、

世間の人たちは、あの書置の言葉を思いだした。

その書置をした女の霊魂が、鐘をこわした者に、

大金をさずけるということを、みんな信じた。

それで、その鐘が寺の庭につるされるが早いか、

みんなそれを鳴らそうと、おおぜいで押しかけた。

かれらはありったけの力をだして、

撞木(しゅもく)をふったが、鐘はなかなかよくできていて、

みんながいくら撞(つ)きこわそうとしても、

びくともしなかった。

しかし、みんなもそうたやすく、

思いとどまりはしなかった。

くる日もくる日も、どんなときでも、

はげしく鐘を鳴らしつづけた。

坊さんたちの苦情など、まるで気にとめなかった。

そこで、鐘の音が苦の種となり、

坊さんたちは、とても我慢しきれなくなったので、

とうとう鐘を山から沼のなかへ、

ころがし落として、やっかい払いをした。

その沼は深くて、鐘をすっかり呑んでしまった。

――これが、この鐘の最後であった。

あとには、ただ伝説だけが残っているが、

この伝説では、その鐘を「無間鐘(むげんかね)」と呼んでいる。



~今日は、このあたりで・・・~




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

つづくですっ。
ペタしてね