『 ろ く ろ 首 』




 いまからおよそ五百年ばかり前の事、

九州の菊池侯の家臣に、

磯貝平左衛門武連(いそがいへいざえもんたけづら)

という侍があった。

この磯貝は、代々武勇をたっとぶ祖先の血をうけて、

生れながら武芸の素質があり、非凡な腕力を持っていた。

まだ年少の頃から、剣道の技にも弓術にも、

また槍(やり)の操法にも、すでに師匠たちをしのぎ、

豪胆練達の武人のもつ、あらゆる力量をあらわしていた。

のちに、永享の合戦(えいきょうのかっせん)のさいには、

殊勲をたてて、高い栄誉をさずけられた。

しかし、菊池家が没落するにおよんで、

磯貝は主君を失ってしまった。

当時、ほかの大名に仕えることは、

たやすいことであったろうが、

磯貝は、もともと一身の栄達ばかりを求めるようなことは、

けっしてなかったし、なお心には、

先君への忠誠をいだいていたので、

むしろすすんで世を捨てようと思った。

そこで、彼は髪を切って、

回竜(かいりょう)という法名をうけ、

行脚の僧となったのである。



 しかし、回竜は法衣のしたにも、

つねに烈々とした武士の魂を蔵していた。

かつては、危難をものともしなかったように、

今はまた、困苦をあざ笑った。

そして、どんな天候の時にも、どんな季節にさいしても、

またほかの僧たちがあえて行こうとしなかったところへも、

ありがたい仏の道を説きに、行脚したのであった。

なにぶん当時は、暴力横行の乱脈な時代であったから、

たとい僧の身であっても、街道のひとり旅は、

けっして安穏(あんのん)なものではなかったのである。



~今日は、ここまで。 続きはまた明日。~




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

つづくですっ。
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