『 む じ な 』



前回のお話し  「むじな 1」




…すると、その女は、くるりと向きなおるなり、

袖をおろして、片手でつるりと顔を撫でた。

――見ると、女の顔には、目も鼻も口もないのだ。

――きゃっと叫んで、商人は逃げだした。



 紀の国坂を上のほうへと、彼は一目散に駈けのぼった。

前のほうはまっくらで、なにも見えなかった。

うしろをふりむく勇気もなく、ひた走りに走りつづけた。

するとようやく、はるかむこうに、

蛍の光ほどの提灯(ちょうちん)のあかりが、

見えだしたので、それを目当てに急いで行くと、

道端に屋台店を出している、

行商の蕎麦屋の提灯にすぎなかった。

しかし、こんな恐ろしい目にあったあとでは、

どんな明りでも、どんな仲間でも、ありがたかった。

彼は蕎麦屋の足もとに転がりこんで、

大声をだした。

「ああ――ああ――ああ――」



「これ、これ」

と、蕎麦屋はぞんざいに言った。

「まあ――どうしたんです。

だれかに、どうかされたんですかい」

「いや――だれも、どうも、しやしない」

と彼は、あえぎあえぎ言った。

「ただ……ああ!――ああ!」

「ただ、脅かされたんですかい」

と蕎麦屋は、そっけなく尋ねた。

「追剥(おいはぎ)にでも?」

「追剥じゃない――追剥じゃないんだ」

と、おびえきった男は、なおもあえぎながら言った。

「いたんだ……女がいたんだ――あの濠っぱたにね。

ところが、その女が見せたんだ。

……ああ――なにを見せたか、とても言えない」……



「へえ!……その女が見せたというのは、

こういうもんじゃなかったんですかい」

と大声で言いながら、

蕎麦屋は、自分の顔をつるりと撫でた。

――と、その顔は、まるで玉子のように、

のっぺらぼうになった。

……そして、そのとたんに、ふと明りも消えた。



おしまい。





- 追 記 -

いかがでしたか? ちょっと、どきどきしましたかぁ?
東京都港区元赤坂には、今なお「紀国坂」ありますねぇ。
大都会になってしまった東京も、昔は貉がでるほど緑が多い場所だったのでしょうねぇ。
今ではちょっと想像がつかないですが・・・。

さてさて、明日からの数日は、「鏡の精」という怪談とも奇談とも取れるお話しをUP予定です。
またどうぞ、読みに来て下さいね(*^_^*)/




ここまで読んでくださって、誠にありがとでしたぁ。

新たな物語りへと、つづくですっ。
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